•  戦闘能力発揮の基盤となる通信組織を構成・維持・管理し、陸上自衛隊が活動するために必要不可欠な通信環境をあらゆる場所で構築、保守できる隊員の育成もまた、同校の重要な任務なのだ。

     その育成を担う第1教育部と、同部が実施した野外訓練をリポートしよう。

    陸自の通信網を支える知識と技術を伝授

    画像: モールス通信の教育を受ける学生。電子機器や通信技術が発達しても、モールス通信といった基本的な電信・通信の仕組みを理解することは、通信任務において必要不可欠だ 写真提供/防衛省

    モールス通信の教育を受ける学生。電子機器や通信技術が発達しても、モールス通信といった基本的な電信・通信の仕組みを理解することは、通信任務において必要不可欠だ 写真提供/防衛省

     通信は、人体でいうところの「神経」であり、脳でいくら考えても伝達する神経が機能していなければ体は動かない。

    「通じて当たり前、と思われることの多い通信ですが、部隊の指揮系統を支える重要かつ崇高な任務です」。こう語るのは、第1教育部長、兼子1等陸佐。

     同教育部では、電気、電波の基礎知識にはじまり、暗号、無線機の取り扱いや有線通信の構成、さらにはコンピュータ・ネットワークに関する知識、そしてそれらを活用した最新の通信器材の使用法まで、幅広い内容を教えている。陸自の通信領域をけん引していく優秀な隊員を育てるため、学校でも教育内容の進化や教官の能力向上にも積極的に取り組んでいるという。

    画像: 通信に関する知識だけでなく、どこに通信器材を設置すれば見つかりにくいか、攻撃を受けた場合はどのように通信網を構成するのかなど、戦術的な観点で教育を行う 写真提供/防衛省

    通信に関する知識だけでなく、どこに通信器材を設置すれば見つかりにくいか、攻撃を受けた場合はどのように通信網を構成するのかなど、戦術的な観点で教育を行う 写真提供/防衛省

     野外における有線・無線による通信の構成や維持、通信装備の運用・整備教育なども行っており、その一例として、東富士演習場(静岡県)で行われた野外訓練を紹介する。

    東富士演習場での通信網構成訓練に密着

    画像: 富士山が一望できる演習場に到着した訓練部隊。敵から見つからないように、車両をすっぽり覆える大きな擬装用ネットを準備する隊員たち

    富士山が一望できる演習場に到着した訓練部隊。敵から見つからないように、車両をすっぽり覆える大きな擬装用ネットを準備する隊員たち

     今回、取材した訓練は、システム通信科の「幹部初級課程」という、トータル約9カ月にわたる教育の終盤に実施される「野外ネットワーク構成訓練」だ。

     端的にいえばシステム通信小隊長を育成する教育で、演習場内に3チームが展開し、無線通信による通信網を構築するのが目的だ。学生たちは訓練ごとに役割を小隊長、組長(リーダー)、組員などと入れ替えながら指揮要領を学ぶ。

     久里浜駐屯地を出発した訓練部隊は、車両を連ねて陸路東富士演習場へ移動。演習場に入ると、集結地点にて車両や装備、隊員の擬装、つまり目立たないようなメーキャップを行う。それが終わるといよいよ演習場内に通信網を構築する作業に入る。

     まずは、展開予定の地域を偵察。訓練によっては、敵の斥候と出くわして戦闘することもある。まずは通信器材を展開するための適地を見つけ、安全を確保することが必要なのだ。

     安全が確保できたら、各器材を搭載した車両を所定の地域に乗り入れる。できるだけ音を出さないように低速で移動しつつ、通信環境として適している、かつ敵からは見つかりにくい場所に車両を止め、アンテナなどの器材を展開。隊員たちは事前の想定と現場を見比べながら、作業を進めていく。

     アンテナ展開後は、各種通信装置をケーブルで接続し、擬装を施す。チーム内の器材設置が終わると、別のチームと無線通信を行うために電波出力や周波数、アンテナの高さや角度などを調整していく。

     陸自のシステム通信科隊員たちは頭も体もフルに使う。警戒のための監視壕を掘ったり、計数キロメートルにも及ぶ有線ケーブルをつないだり、それらを隠すために土を掘って埋め込んだりと、重労働も多い。

     最後に、送受信ができるか通信試験をテスト。これらの作業を経て、ようやく通信ネットワーク網の構成は完了。ホッとする間もなく、次なる訓練のため、撤収に掛かるのであった。

    1:演習場に進入

    画像: 1:演習場に進入

     学校のある横須賀市から、東富士演習場にやってきた演習部隊。多数の器材を搭載したトラックが車列を連ねて演習場に進入してくる。

    2:擬装

    画像: 2:擬装

     車両はもちろん、隊員個々人も目立たないように擬装する。ヘルメットには周辺で取った草をつけ、顔にはドーランを塗る。演習前のメーキャップだ。

    3:偵察、開設地の選定

    画像1: 3:偵察、開設地の選定

     まずは隊員が数人1組となって偵察を行う。器材の開設地を選定しつつ、周囲の安全を確保する。見晴らしのいい高台には対空機関銃を設置して空からの攻撃にも備える。

    画像2: 3:偵察、開設地の選定

    4:通信器材の展開

     アンテナなど各器材を展開。電波の特性を考慮して伝わりやすい場所に開設するのが基本だが、通信網は敵からみても重要な攻撃目標のため、見つからないよう擬装が必要となる。

    地上設置支柱 JMA-C9

    画像: ノード装置を設置する隊員。アンテナを延長すると敵に見つかりやすくなるため、通信試験を行うまで延長はしない

    ノード装置を設置する隊員。アンテナを延長すると敵に見つかりやすくなるため、通信試験を行うまで延長はしない

    <SPEC>全高:10m(アンテナ伸長時) 重量:69kg 

     長距離、大容量の通信を可能にするアンテナ。通信相手との間に障害物がないように設置しなければならないため、設置位置の選定だけでなく、アンテナの方角、角度の調整も重要となる。

    野外通信システム・アクセスノード装置

    画像: 野外器材の展開と同時に、敵から見つからないように偽装網をかけて擬装する。限られた人数で効率的に行っていく

    野外器材の展開と同時に、敵から見つからないように偽装網をかけて擬装する。限られた人数で効率的に行っていく

    <SPEC>全幅:2.4m 全長:6m 全高:10m(アンテナ伸長時) 重量:5.2t

     器材一式をトラックに搭載して運搬できるようになっている。アンテナポールを車両から自動的に展張でき、使用する周波数に合わせてさまざまな形状のアンテナを取り付けられる。

    車両から延長したポールには、周波数に合わせたアンテナを取り付ける

    5:指揮所開設

    画像: 5:指揮所開設

     数キログラムあるリールを使い、数十メートル離れた指揮所と通信器材をケーブルでつないで指揮所を開設。ケーブルは土に埋めたり木の枝にかけたりして擬装する。

    画像: 開設中の指揮所。敵から見つからないよう擬装を施す

    開設中の指揮所。敵から見つからないよう擬装を施す

    通信網の構成例(イメージ)

    画像: 通信網の構成例(イメージ)

     設置した通信網に司令部や戦闘部隊がアクセスして通信を行う。敵の攻撃などに備えて複数のラインを確保することが重要。作戦の進展に応じて通信網ごと移動するため、構築と撤収を繰り返すことになる。

    教官と学生の声

     システム通信教育を統括する、第1教育部長 兼子1等陸佐は、「学生には、将来のシステム通信科をけん引するリーダーになってほしい」と語る。

     学生長の村上3等陸尉は、教育を受けて「自分の担当だけでなく、全体をみる必要があり、思考の幅を広げる必要を感じました」と話した。

     訓練で教官を務める田中1等陸尉は、「通信小隊長は20~30人の命を預かる役職。信頼される小隊長を目指してほしい」と学生に期待を寄せる。

     「隊員1人ひとりとしっかり向き合い普段からコミュニケーションの取れる小隊長になりたいです」と演習に参加した学生、宮崎3等陸尉。

    (MAMOR2025年5月号)

    <文/臼井総理 写真/村上淳>

    電子の防人を育てる陸上自衛隊システム通信・サイバー学校

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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