•  病院や街の薬局などで私たちも日常的にお世話になっている薬剤師。自衛隊にも、自衛官であり国家資格を持つ薬剤師でもある「薬剤官」がいる。薬剤官は隊員の健康管理、防疫および衛生資材などの補給整備を行う「衛生」という職種に属している。

     その任務は多岐にわたり、自衛隊内の病院はもちろん基地や駐屯地、被災地や派遣先の海外、はたまた有事の際には第一線へも進出する。マモルでは、国を守る自衛官の体を守る薬剤官のマルチ・プレイヤーぶりに焦点を当ててみた。

    災害派遣:衛生の幹部として被災地の医療に関わる

     地震や洪水などの災害発生時に、都道府県知事などの要請に基づき実施される自衛隊の災害派遣活動。薬剤官は衛生の隊員として参加し、医療支援活動などを行っている。

    熊本地震の発生直後から現地へ衛生部隊を展開

    画像: 2016年4月、熊本地震発生直後から衛生部隊は動き始めた。救護活動の段取りなどを話し合う第8後方支援連隊の隊員たち(中央が2佐当時の関根1佐)

    2016年4月、熊本地震発生直後から衛生部隊は動き始めた。救護活動の段取りなどを話し合う第8後方支援連隊の隊員たち(中央が2佐当時の関根1佐)

     2016年の熊本地震の際、自衛隊は2万人規模で人命救助や支援活動などを行った。このとき、災害派遣に携わった関根敏行1等陸佐はこのように話す。

    「私は北熊本駐屯地(熊本県)の第8後方支援連隊で衛生隊長として、被災地で活動する衛生部隊の指揮をしました。現場では医薬品や医療機器などの衛生資材を携え、被災者の救護支援や隊員の健康管理などを行います。

     1カ月半に及ぶ派遣期間中、衛生隊は3カ所の医療施設を開設し、被災者や隊員約2000人に応急手当や服薬の支援などを実施しました。また保健指導ができる資格を持つ隊員を孤立した地域に派遣する、巡回保健指導などの支援も初めて実施しました」

    画像: 被災地で救護活動を行う衛生部隊の隊員。薬品などの在庫や補給の状況などを確認しながら被災者に寄り添った支援にあたった

    被災地で救護活動を行う衛生部隊の隊員。薬品などの在庫や補給の状況などを確認しながら被災者に寄り添った支援にあたった

    平時における準備、訓練と自衛官である自覚が大切

    災害派遣時は国際ルールで定められた衛生の隊員を表す赤十字のヘルメットや腕章(上の写真参照)、救急セットなどを入れたリュックなどを装備する

     災害派遣では課題もあったと関根1佐。「部隊は必要な医療物資などを準備・保管していますが、どうしても種類や数量が限られます。被災者の症状に個別対応するには限界がありました。特に子ども用の薬は、大分県薬剤師会の保有するモバイルファーマシー(医療用キャンピングカー)に不足分を補ってもらいました」

     災害派遣における衛生部隊の指揮官を経験し、関根1佐はこう続ける。

    「初動がとても大切でいかに被災者に寄り添う医療支援ができるかの判断が重要で、そのために日ごろの準備や訓練が欠かせないと改めて思いました。薬剤官は、まず第1に自衛官であるというマインドを持つことが大切だと感じています」

    海外派遣:補給や輸送、医療などで国際任務を支援

     薬剤官は、外国軍との共同訓練だけでなく、国連が主導する国連平和維持活動などで派遣隊員の健康管理や医療支援活動にもワールドワイドに携わる。

    初の女性PKO隊員として東ティモールの独立を支援

    画像: さまざまな業務に就くことが多い薬剤官。「私も陸自の薬剤官ですが、まるで次々と転職しているような気分を味わっています」と笑う川﨑1佐

    さまざまな業務に就くことが多い薬剤官。「私も陸自の薬剤官ですが、まるで次々と転職しているような気分を味わっています」と笑う川﨑1佐

     2023年9月、陸上自衛隊で隊員の応急治療などの調査研究などを行う部隊医学実験隊の隊長に就いた川﨑真知子1等陸佐は、民間の薬剤師では経験できないようなことがありそうだということで、1998年に陸自に入隊。川﨑1佐の期待は、入隊4年後に現実のものになる。

     2002年4月、東ティモールでの国連平和維持活動に、初めて派遣される女性隊員7人の1人として参加した。半年間ほぼテントで寝泊まりし、冷水のシャワーしかないという環境下で、薬の調剤業務、医薬品などの補給や在庫管理、隊員の健康管理などに携わる。トラックの横転事故で発生した大量のけが人の救助作業など突発的な医療支援も行った。

    南スーダン、そしてアメリカへ広がった人間としての幅

    画像: 国連南スーダン共和国ミッション司令部にて各国からの参加者と打ち合わせをする川﨑1佐(左)。志を1つに活動した(写真/本人提供)

    国連南スーダン共和国ミッション司令部にて各国からの参加者と打ち合わせをする川﨑1佐(左)。志を1つに活動した(写真/本人提供)

     さらに13年、今度は女性初の司令部要員として「国連南スーダン共和国ミッション 」に派遣され、部隊の補給・輸送の状況の管理や確認に従事。このとき、現地では武装集団の活動や部族間の対立などもあり、日本ではありえないような出来事を体験する。

     その後20年8月に、倍率100倍超の公募のなかから選ばれ、アメリカ・ニューヨークの国際連合本部で能力構築支援の衛生訓練の運営や、遠隔医療システムの導入事業などを担当。これまでの衛生分野での経験を生かし、企画調整業務などで力を発揮した。

    「最前線で活躍する各国の女性たちと出会えたことは収穫でした。国籍や人種、宗教といった出自や仕事のキャリアなど異なるバックグラウンドを持つ人たちと一緒に働き、自衛官、薬剤官としてのスキルはもちろん、人間としての幅や視野が大きく広がったと実感しています」と川﨑1佐は過去を振り返る。

    <文/古里学 撮影/増元幸司 写真提供/防衛省>

    (MAMOR2024年7月号)

    マルチに闘う自衛隊薬剤官

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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