航空機が滑走路に離着陸するためには、管制塔からの指示やレーダーによる位置確認などの管制業務が必要だ。
有事の際、あるいは災害などで空港の管制機能が失われたり、定期的なメンテナンスで管制機器を止めるときなどに、関連機器一式を運搬・提供して、管制業務の継続をフォローする日本で唯一の部隊が、航空自衛隊百里基地(茨城県)に所在する移動管制隊である。
その守備範囲は広大で、陸路、海路、空路あらゆる手段を使って必要な機器を届けるのだ。
いかなる場合にも航空機を安全に運用! 移動先で管制するための3つの神器
まずは、移動管制隊が装備する器材一式を紹介しよう。器材は大きく「移動式管制塔」と「移動式タカン装置」と「移動式ラプコン装置」に分けられる。部隊は、これら一式を運搬し、目的地に着くとイラストで示した配置で展開する。到着してから展開完了まで約1日、飛行点検隊による点検を経て、管制業務が開始される。
移動式管制塔
1:管制シェルター
1:地上8メートルの高さまで上昇した管制シェルター。周囲に障害物がない場所で展開し、最高点まで上昇するのにわずか3分程度しかかからない。隊員はシェルターに取り付けられたはしごを使って管制室に出入りする
2:空自の管制塔での管制業務は通常4人で行う。管制室内のコンソールには無線機が10回線、電話回線など、管制業務に必要な機器がそろう
2:通信シェルター
通信機能をコントロールする通信シェルター。シェルター上部に付いたVHF、UHFアンテナで送受信する。
シェルター内には無線機のほか、管制官の交信を記録する録音装置なども設置されている。
3:発動発電機
電源がない場所でも移動式管制塔を稼働させるための発動発電機。通信シェルターを搭載したトラックでけん引して移動する。現地では、通信シェルターと発動発電機をケーブルで接続して電力を供給する。
最大8メートルの高さから離着陸する航空機に指示を出す「移動式管制塔」
滑走路に離着陸する航空機や飛行場周辺を飛行する航空機に対し、無線で指示を出す管制業務を行う移動式の管制塔。管制官が業務する管制シェルターと、無線を送受信する通信シェルター、発動発電機の3つで1セットになっており、管制シェルターとその揚降装置は4〜5トントラクターで、通信シェルターは3トン半トラックで移動する。移動管制隊にはこれが2セットある。
現地に到着後、トラックから降ろした管制シェルターは、台車から固定用の4脚のアウトリガーを出し、シェルターを最大地上8メートルの高さまで上昇させる。展開には2〜3時間を要する。
デリケートな装置なので機動は慎重に、細心の注意を払う
「移動式管制塔は精密機械なので、車載して走行するときは道路の凹凸を避けたり急ブレーキをかけないようにするなど、注意しながら運転しています。それでも現地に着いて展開後に機器を確認すると、不具合が見つかることもあります。その場合は近くの補給隊から部品を取り寄せたりするのですが、時間との勝負なので大変です。とはいえ安全第一なので、常に焦らず慎重に扱うように気を付けています」と、無線の整備を担当する工藤直人空曹長は話す。
移動式タカン装置
シェルター・空中線
現地ではトラックから降ろして展開。空中線は自動的に立ち上がる。
発動発電機
発動発電機は、シェルターと空中線を積載したトラックでけん引して運ぶ。
極超短波を使って航空機に位置情報を発信する「移動式タカン装置」
上空を飛ぶ航空機からは地上の位置を把握しにくい。夜間や悪天候のときはなおさらだ。
タカン装置とは正式名称を「戦術航法装置」といい、極超短波を使って航空機に対して方位や距離などの位置情報を与える、いわば航空機の灯台ともいうべき装置で、ほぼ全ての飛行場にある。
移動式タカン装置は、シェルターと一体化した筒状の空中線(アンテナ)と発動発電機のセットで、4~5トントラックの荷台に搭載、けん引して運搬する。
自動でセットされる最新装備。百里基地で運用も
「タカン装置は航空機の飛行を支援する装備品なので、飛行場などでその機能を喪失した状態では、安全な飛行、離着陸に支障が出てしまいます。そのため移動管制隊が所在する百里基地でも、固定式のタカン装置を整備するために休止する際、移動式タカン装置が運用されることがあります。電波を発する装置なので、周りに障害物がなくて安定した適地を探すことが重要です。またケーブルの保護には特に気を付けています」と話す整備担当の谷本龍美2等空曹。
移動式ラプコン装置
ASRアンテナ
捜索レーダー装置のメインとなる空中線。移動の際はコンパクトに折り畳み、現地ではアンテナ部を広げて展開する。
ASRシェルター
捜索レーダーの空中線で捉えた情報を、この処理装置を使ってデータ処理し、中央管制装置に送る。
発動発電機
捜索レーダー装置の発動発電機は、空中線を積載したトラックでけん引して運搬。精測レーダー装置、中央管制装置にもそれぞれ1機ずつ同様の発動発電機を使用する。
精測レーダー装置(PAR)
中央管制装置(管制室A・B、通信シェルター)
手前の屋根の上にアンテナが立っているのが通信シェルター、奥の2つのユニットが管制室。通信シェルター内部には通信機器が設置され、人1人分の通路しかない。
管制室内部には、レーダー表示画面や気象情報用のディスプレーなど、5卓のコンソールが並ぶ。通常は大規模空港などの交通量が多い空港を想定し、管制室AとBを連接して運用する。
管制業務の目となる重要なユニット「移動式ラプコン装置」
「ラプコン」とは「レーダー進入管制」のことで、管制官が航空機に離着陸の指示をするため、地上からレーダーを使って航空機の位置情報や飛行場周辺情報を収集・処理し、中央管制装置のレーダースコープに表示する装置。
移動式ラプコン装置は捜索レーダー装置、精測レーダー装置、中央管制装置(A、B各ユニット、通信シェルター)で構成され、6台のトラックで運搬する。それぞれ大型の装備品であるため、車載スペースはギリギリで、搭載する際はぶつけて装備品を傷つけないよう細心の注意を払うという。
半径150キロメートル以内の航空機を捉える捜索レーダー装置(ASR)
「ASR(Airport Surveillance Radar)は飛行場から半径約150キロメートル以内の航空機を捉えるレーダーで、管制室のレーダースコープ上に航空機を表示して、誘導するための装置になります。滑走路の付近に設置され、飛行場周辺を監視しています。中身はほぼコンピュータと言っていいですね。そのため慎重に運搬し、現地で展開に1日、その後の装置の調整にさらに2〜3日かかることもあります」。器材整備担当の平尾史洋2等空曹はそう話す。
低視界のときに航空機を誘導する精測レーダー装置(PAR)
「PAR(Precision Approach Radar)とは、ASRで誘導した航空機を飛行場に着陸させる際、悪天候などでパイロットの目視が利かない場合に、航空機を滑走路の接地地点付近まで誘導するための装置で、着陸する航空機に適正な経路と進入角度を知らせるために不可欠です。正確な位置情報を得るために、装置の展開場所も絞られています」と話す器材整備担当の塚原佳哉2等空曹。
2つの管制室で大規模空港にも対応できる中央管制装置
「移動式ラプコン装置の心臓部ともいえる中央管制装置は、通信シェルターと管制室A、Bが1つのセットになっています。ASRやPARで受信した航空機のデータなどは通信シェルターで処理され、管制室内のディスプレーやレーダー表示画面に表示されます。それをもとに航空管制官がレーダー管制業務を行います。精密機器が稼働しているので、管制室AとBの連結部分はエアカーテンを使って外部からのホコリの侵入を防いでいます」と語るのは、航空管制員の武真也空曹長だ。
(MAMOR2024年4月号)
<文/古里学 撮影/星 亘 イラスト/ますのすけ>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです