主人の日常生活やビジネスをサポートする「執事」が、どうやらブームのよう。
映画にもなった、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『日の名残り』をはじめ、宝塚歌劇団でも上演された『メイちゃんの執事』、人気ミステリー小説で2019年に映画化された『うちの執事が言うことには』。
これらはどれも「執事」が登場する作品だ。『黒執事』の雑誌連載が始まった06年ごろから、日本で執事が話題となり始め、執事をモチーフとした飲食店やイベントなども出現したが、その陰で、本物の「執事」にも注目が集まっていることをご存じだろうか。
主に上司の庶務業務のサポートをする「秘書」とも違い、家事労働に従事する「召使い」とも違う「執事」は、英語で「バトラー」という。
なぜAIが活躍する時代に、執事が求められているのだろうか?その答えのヒントを得るために、マモルは全日本執事協会を取材した。
家事からビジネスまで広く活躍する本物の執事
東京に本拠をおく「全日本執事協会」。同協会の3代目頭取・Bell(執事名ベル)こと石井裕一氏に、話を伺った。氏は、執事らしさ全開のモーニング姿で取材班を出迎えてくれた。
「現在、男女を合わせて約30人の執事が在籍し、得意なスキルを生かして顧客となるご主人さまのサポートを行っています」と石井氏。執事の主な仕事は、どんなことなのだろうか。
「最初の執事は16世紀にフランスで登場したといわれていますが、18世紀にはイギリスにも広まり、主に上流階級の家庭に仕え、マナーやエチケットを教える役割も担ったとされています」
「当協会の執事の仕事は、イギリスの伝統を重んじつつ、あらゆる分野において、ご主人さまをフルにサポートすることです。ご希望によって、家庭の雑事からビジネスまで、全て担います。スケジュールの管理はもちろん、ご家族のケア、お子さまのお相手や送迎、ゲストのおもてなし、ほかの使用人である家政婦やシェフのマネジメントなど、多岐にわたります」
全日本執事協会の主な顧客には、資産家や事業家、政治家のほか、ごく一般の人もいるそう。執事=王侯貴族に仕える仕事と想像しがちだが、実際には違うようだ。
ちなみに、普段の仕事からモーニングを着用しているのかという質問には、こう答えてくれた。
「ゲストのおもてなしなどの際にはモーニングを着ますが、普段は目立たないよう黒系のスーツのことが多いですね。もちろん、ご主人さまの要望次第ですので、一緒にランニングをするからジャージでとか、場所に合わせて私服でとか、いろいろありますよ」
あらゆる状況に応じ、満足度100%を目指す
執事の仕事で一番大変なのはなんだろうか。石井氏は「イレギュラーがしばしば起きること」と即答した。
「執事は予定されたことだけに対応する仕事ではないのです。日々トラブルは起きるものですし、ご主人さまの『ムチャ振り』もあります」
石井氏いわく、執事は主人の要望を基本的に断らないという。
「あるとき、22時すぎに『卓球がしたい』と頼まれたことがありました。当然用具の販売店もレンタル会社も閉まっています。そこで、つてをたどり、知人の教育関係者に頼んで、卓球台など1式を1晩借りました」
端から見たら単なるムチャ振りにしか思えないことでも、執事としては「ご主人さまの満足度100%を実現する」のが当然であり、それをクリアしてこそ無上の喜びが得られるのだそう。そのために考えを巡らせることが大切だと石井氏は言う。
ところで、執事になるためにはどんな教育を受ける必要があるのだろうか。全日本執事協会では、およそ3年で独り立ちできるカリキュラムを組んでいるという。
「ビジネスマナーや普段の立ち居振る舞いなどを学びます。また、執事としての伝統を重んじる側面から、イギリスの歴史や文化を学ぶことも重要です。特にイギリスの生活に欠かせない紅茶については、茶葉の種類から入れ方までみっちり勉強します。あとは先輩に付いて実地経験を積んでいくことになります」
フィクションの執事と実際の執事との違いは?
プロの執事の立場では、マンガやアニメ、ドラマなどに執事が登場することや、市中に数ある「執事喫茶」については、どのような印象を持っているのだろうか。
「マンガやアニメ、ドラマもそうですが、世の中ではやっている執事カフェなども、結構チェックしていますよ」と語る石井氏。
「執事という存在が身近になるのは、私たちにとってもうれしいこと。もちろん、仕事としての執事とはちょっと違う点もありますが、格好良いイメージが広まること自体は悪くないと思っています」
ちなみに、石井氏はマンガ『黒執事』も読んでいるとか。「リアルな執事は、あんなふうに武器を持って戦うことはありません」と笑うが、フィクションとして楽しんでいるそうだ。
「執事としての姿勢は見習うべき点もあります。ほかに違いを挙げるなら、髪型でしょうか。リアルな執事は、邪魔にならないよう、また清潔感の観点からも短く整えることがほとんどですからね」
フィクションの世界で人気を博す執事の世界。それに追いつけ追い越せではないが、石井氏には「日本人執事」の需要を世界的に高めたいという野望があるという。
「これまで執事は裏方として目立たない存在でしたが、今後は広く存在を知っていただき、執事になりたい方、執事を利用したい方を増やしたいと考えています」
近年、アジア・中東地域の経済成長から、世界的に執事の需要は増している。中でも全日本執事協会に所属するような「日本人執事」の存在感が高まっているという。
「日本人は生来のおもてなし能力が高く、コミュニケーションや仕事も丁寧という評価を得ています。海外で日本人執事を使うことがステータスシンボルになりつつあるのです」と胸を張る。
最後に、石井氏の「執事としてのこだわり」を教えてもらった。
「執事は、忠実であること、黒子として目立たないこと、そして完璧なサポートをすること。この3点が私にとっての『執事道』です」
まさにこれこそが、心を通わせ、相手の気持ちを察して、細やかに気遣い、気配りできる、人間ならではのなせる業。AIにはマネできないその人間力が、執事ブームの根源にはあるようだ。
あなたも「執事」を体感しよう!執事喫茶やアニメも
65年もの歴史を誇る国内随一の執事団体:全日本執事協会THE BUTLER
創立以来65年にも及ぶ歴史を持つ、執事の育成や派遣を行う団体。現在、男女約30人が在籍し、顧客の要望に応じて料理・掃除・洗濯といった日常の家事から、ビジネス面のサポートまで幅広く対応している。
マラソンが趣味という執事は、ご主人さまのランニングのお供をしたり、カウンセラーの資格を持っている執事は、ご主人さまの愚痴を聞いたり、悩み相談を受けたりすることも。
※気軽に依頼できる1日3時間の「レンタル執事コース」は2万6400円。24時間・3交替制で常時執事が対応する「ハウススチュワードコース」は1カ月で660万円ほど。電話番号:03-6824-4086
1組ずつ順番に執事がお出迎えする:執事喫茶スワロウテイル
東京・池袋にある「執事喫茶」。日本初の執事をモチーフにしたカフェとして2006年3月に誕生。
大きなシャンデリアもある高級感漂う店内で、本格的な紅茶や季節の料理、さらにはヨーロッパの伝統的な「アフタヌーンティー」が楽しめる。
“使用人”と称するスタッフの一部は、「執事歌劇団」として歌とダンスを届けるミュージカル公演やコンサートも行っており、日夜研さんに励んでいる。
※ウェブページからの予約が必要。営業時間は10:30~21:30で不定休。執事のお出迎えから退店までの滞在時間は100分(ディナーは110分)。メールアドレス:webmaster@butlers-cafe.jp
正体は悪魔、の執事が大活躍:執事マンガ&アニメ『黒執事』
舞台は19世紀イギリス。悪魔で執事のセバスチャン・ミカエリスが、“ある条件”のもと契約した名門貴族の幼き当主・シエル・ファントムハイヴとともに、悪の貴族「女王の番犬」として裏社会の秩序を守っていた――というあらすじの、「執事」が活躍するマンガ&アニメ作品。主人の命令を完璧にこなす執事が描かれている。コミックスの全世界累計発行部数は3400万部を突破。アニメ新シリーズ『黒執事 -寄宿学校編-』が24年4月13日より放送開始。
(MAMOR2024年2月号)ー今、時代は執事を求めている?ー
<文/臼井総理 撮影/増元幸司>