•  島国・日本の国防において脅威となるのが敵の潜水艦です。隠密行動をする“海の忍者”の侵入を防ぐため、海上自衛隊は日夜、任務に就いていますが、どうやって海中の潜水艦を発見するのか知っていますか? 

     世界トップレベルといわれる海自の潜水艦探知能力を知るためにVRの対潜水艦戦をシミュレーションしてみました。そこで繰り広げられる作戦を、実況アナとして女優・五島百花さんが読者の皆さんに中継し、元自衛艦隊司令官・倉本憲一氏に分かりやすく解説していただきます。

    【今回のVR対潜戦の状況は…】
    1機のP−3C哨戒機のほか、2隻の護衛艦とそれぞれ搭載している哨戒ヘリコプターSH−60Kで編成を組み、目的地まで航行する輸送艦『おおすみ』を護衛し、必要に応じて敵潜水艦に対処するというもの。『おおすみ』の航行ルート上に敵潜水艦がいるかどうか各ユニットが警戒し、連携する作戦が展開される。 

    ※前回記事『敵の潜水艦探知は「プールで針を探すくらい難しい」 海自の「VR対潜水艦戦」リポート』(対潜戦開始直後にP-3Cが水測状況を調べるための水測ブイを投下。海域の水温や雑音状況などを調べはじめた……)

    P-3C

    画像: P-3C

     潜水艦や不審船舶の監視を行う哨戒機。機動力が高く、広い範囲を捜索できるため、遠方の警戒・監視を担当する。

    <SPEC>全幅:30.4m 全長:35.6m 全高:10.3m 全備重量:約56t 巡航速度:約645km/h 最大速度:約730km/h

    あらゆる手段で潜水艦を捜索する搭乗員

    画像: 潜水艦は充電や通信、偵察のために潜望鏡やシュノーケル、アンテナを海上に出すことがある。これにより発生する波紋を目視で捜索するP-3Cの搭乗員

    潜水艦は充電や通信、偵察のために潜望鏡やシュノーケル、アンテナを海上に出すことがある。これにより発生する波紋を目視で捜索するP-3Cの搭乗員

    五島百花(以下、五島):P−3C搭乗員の皆さん、それぞれ何をやっているのでしょうか?

    倉本憲一(以下、倉本):目視やレーダーなどあらゆる手段で捜索しています! 種センサーが有用なのは間違いありませんが、搭乗員たちの「目」も重要な武器なんですよ。

    ※※※※※※※※※※※※

     潜水艦は、換気や通信、偵察のために潜望鏡やシュノーケル、通信アンテナを海上に出すことがある。ほかにも、浅い深度に潜っている潜水艦が透けて見えているかなど、P−3Cの搭乗員らは潜水艦の痕跡を目視やレーダー、ESM、IRDSといったさまざまな非音響探索機器により、海上をくまなく探索する。

    画像: レーダー、赤外線、電波などの非音響センサー情報は非音響員が一括して監視。さまざまな目で潜水艦を探し続ける 写真/星亘(扶桑社)

    レーダー、赤外線、電波などの非音響センサー情報は非音響員が一括して監視。さまざまな目で潜水艦を探し続ける 写真/星亘(扶桑社)

     とくに重要となるのが、非音響探索機器を操作する非音響員だ。非音響員は天候や民間船舶の有無など、状況に合わせて手段を使い分けながら捜索を実施。得られたデータを記録し、分析する役割も担う。分析で得られた情報は、P−3Cに同乗し、対潜戦の戦術に関する指揮を担当する戦術航空士に伝達される。

    敵潜水艦探知用のソノブイを大量投下!

    画像: パッシブソノブイを投下・敷設していくP-3C(写真はイメージ)。水測状況に合わせて最適な間隔・敷設パターンで敷設していく

    パッシブソノブイを投下・敷設していくP-3C(写真はイメージ)。水測状況に合わせて最適な間隔・敷設パターンで敷設していく

    五島:何かが大量に投下されています! いったいあれは!?

    倉本:音波を受信するパッシブソノブイですね。一定間隔で広範囲に敷設して、潜水艦の存在を探っています。

    ※※※※※※※※※※※※

     水測状況の把握ができると、P−3Cは、複数の敵潜水艦探知用のソノブイを投下。パッシブソノブイを一定間隔で広範囲に敷設し、音の探知がないかモニターを開始する。

     この時点では大量のソノブイを敷設し、護衛対象の針路上付近に敵潜水艦の脅威があるか調べるわけだ。ソノブイをまいたエリアに敵潜水艦らしき反応が確認できない場合は、そのエリアは安全とみなすことができる。

     こうして敵潜水艦が潜航する可能性があるエリアを、1つ1つつぶしていき、『おおすみ』の航行ルートの安全を確保していくのである。

    敵潜水艦の存在が見えてきた!

    画像: ソノブイが拾った音響情報をモニタリングする音響員。雑音が混じる音響情報から潜水艦が発する音響情報を探していく

    ソノブイが拾った音響情報をモニタリングする音響員。雑音が混じる音響情報から潜水艦が発する音響情報を探していく

    「ダイファーコンタクト!チャンネルX」

     海中の音波をモニターしていた音響員の声が機内に響き渡り、すぐにソノブイがキャッチした音波の分析に入る。敵潜水艦の存在エリアの方位を割り出すのだ。その情報は、ほどなくして戦術航空士に伝達され、機内に緊張感が走る。

     いよいよ、おぼろげながらも敵潜水艦の存在が見えてきた瞬間だ。

    大きく針路を変えたP-3C

    五島:P-3Cが大きく針路を変えました!

    倉本:敵潜水艦のおおよその位置が絞り込めたので、その海域に向かっていますね。

    ※※※※※※※※※※※※

    画像1: 大きく針路を変えたP-3C

     敵潜水艦の音を探知したソノブイの位置などの情報から、目標がどこに潜んでいるのか徐々にあらわになってきた。

    画像2: 大きく針路を変えたP-3C

     その報告を受けたパイロットは、目標地点に向かって急旋回。敵潜水艦が存在するとみられるエリアへと急行する。到着すると、急旋回を繰り返し、いくつもソノブイを敷設していく。潜水艦から発せられる音波を直接探知するためには、高い精度でソノブイを敷設する必要がある。

    一度のフライトで準備するソノブイは数十本。その全てを管理し、投下するのは機上武器員の役割だ 写真/星亘(扶桑社)

     それでも、搭乗員たちのスムーズな連携により、無事、敵潜水艦の直接探知を得るソノブイを敷設することに成功。敵潜水艦をとり囲むように新たに投下されたソノブイにより、目標の詳細な位置や針路、速力など情報を収集。敵潜水艦をじわじわと追い詰めていく。

    「対潜戦」に関する基礎知識

    レーダー捜索

     レーダーは、対象となる物体に電波を発射し、その反射波を測定することで、対象物の大きさや対象物までの距離・方向を測る装置だが、水中までは探知できない。

     潜水艦の捜索では、海面上に出したシュノーケルや潜望鏡などを捜索するが、これらは反射波が弱い(レーダー上では小さく映る)うえに、海中に潜ると反応が消えてしまうのでわずかな時間しか探知できない。

    ESM捜索

     ESM(Electronic Support Measures)捜索とは、電波探知装置によって情報収集し、敵潜水艦の捜索活動をすること。

     浮上した敵潜水艦が発するレーダーや無線通信の電磁波を受信・解析することによって発信方位を測定。そこから、敵潜水艦の位置情報を探知する。

     だが、テレビやラジオ、携帯電話の電波をはじめ、大気中にはさまざまな種類の電磁波が行き交っているため、それらのなかから敵潜水艦の発した電磁波を特定するのは至難の業だ。

    IRDS捜索

     IRDS(Infra-red Ray Detection System)とは、赤外線探知装置のこと。これにより水上で赤外線を放射する対象物を探知・識別することができる。

     P−3Cでは、機首の下部にIRDSが搭載されていて、潜水艦の潜望鏡や艦体を探知できるが、水中までは探知できない。水上艦艇の場合、夜間でも艦体のシルエットを捉え、それをモニターに投影することができる。

    ソノブイの種類

    画像: ソノブイの種類

     潜水艦を探知するソナーには「アクティブソノブイ」と「パッシブソノブイ」の2種類のブイがある。

     音波を自らが発信し、それが海中の物体=敵潜水艦に当たって返ってきた反響音(エコー)を受信するのがアクティブソノブイ。発信した音が返ってきた方角から敵潜水艦の方位が、音が返ってくるまでの時間で敵潜水艦との距離が分かる。

     アクティブソノブイのように自ら音を発するのではなく、敵潜水艦が出す音波の受信のみを行うのがパッシブソノブイ。海中で潜水艦が発するスクリューやポンプの音を受信し、その信号の方位を測定する。

     また、スクリューやポンプの音の周波数を分析することで、ある程度は潜水艦の種類も割り出せるという。

    潜水艦の探知(1)

    画像: ソノブイの敷設と探知範囲のイメージ。実際は海流に流されることもあり、整然と並ぶとは限らない

    ソノブイの敷設と探知範囲のイメージ。実際は海流に流されることもあり、整然と並ぶとは限らない

     哨戒機から潜水艦を捜索する場合、まずは潜水艦がいると想定される海域で、広範囲にパッシブソノブイを投下し、敷設する。

     この段階ではまだ、関係機関の情報などから、潜水艦が潜航している可能性があるとされてはいるものの、はたしてそれが存在するのか否かを探っている状況だ。

     そこでもし、図のFとGのソノブイが遠距離伝搬の音波を探知した場合、それぞれのソノブイの同心円上の範囲内(図の緑、黄色)に潜水艦がいると推定される。

     さらに敵潜水艦の存在エリアは、2つのソノブイの探知範囲が重なる海域(図の赤色)である可能性が高くなる。

    潜水艦の探知(2)

    画像: (1)で得られた6つの敵潜水艦の存在エリア(図の赤色)を、ソノブイが探知した音波の方向から1つに絞り込む

    (1)で得られた6つの敵潜水艦の存在エリア(図の赤色)を、ソノブイが探知した音波の方向から1つに絞り込む

     FとGのソノブイが音波を探知したことで、潜水艦の存在エリアは6つに絞られたが、次にどこにいるのかを割り出す必要がある。パッシブソナーでは、音がどこから来ているのか、その方位を知ることができる。

     そこで、例えば、Fのソノブイが北東に近い45度方向から、Gが西北西に近い300度方向から音をキャッチしたとすると、敵潜水艦はそれぞれのソノブイが探知した方角の交点にあたる存在エリアにいる可能性が高くなると推察することができるのだ。

    潜水艦の探知(3)

    画像: 存在エリア内に存在するとみられる敵潜水艦の針路や速度を測定するイメージ。敵潜水艦を囲むようにソノブイをまき継続して探知する

    存在エリア内に存在するとみられる敵潜水艦の針路や速度を測定するイメージ。敵潜水艦を囲むようにソノブイをまき継続して探知する

     おおよその敵潜水艦の存在エリアがつかめたら、そのエリア内に複数の、パッシブソノブイを敷設する。

     その結果、複数のソノブイで敵潜水艦が発する音を直接探知したら、②で実施した方法と同様に、各ソノブイがキャッチした音の方位から敵潜水艦の位置を割り出す。ソノブイが示す交点の周辺海域に敵潜水艦がいる可能性が高い。

     さらに時間をおいて同じソノブイからの音を解析し、存在位置を追跡し続けることで、時間の推移による存在位置の変化から、さらに移動の針路と速度を測定することができる。

     敵潜水艦の針路・速度を測定し続けることで、数分後にいる位置を予想できるので、その情報をもとに、敵潜水艦の攻撃などの準備を行うのだ。

    ※VR対潜戦の続きは次回更新の「護衛艦『おおすみ』を守れ! 敵の潜水艦の反転攻勢に反撃開始/海自のVR対潜戦」にて

    【五島百花】
    1999年生まれ、滋賀県出身。映画や舞台、CM、バラエティー番組で活動。とくに俳優として『正直不動産』(NHK)など、多くのテレビドラマに出演している。

    【倉本憲一】
    1952年生まれ、奈良県出身。元海将、自衛艦隊司令官。防衛大学校卒業後、海上自衛隊に入隊。海上幕僚監部などに勤務後、第2航空群司令などを経て、現在は軍事解説者。

    (MAMOR2023年7月号)

    <文/魚本拓 CGイラスト/浜口泰昭 写真/星亘(扶桑社) 写真(五島百花)/鈴木教雄 写真(倉本憲一)/山川修一(扶桑社) ヘアメイク(五島百花)/藤垣結圭 スタイリング(五島百花)/松本人美>

    海自のVR対潜水艦戦を実況中継!

    This article is a sponsored article by
    ''.