艦艇同士が撃ち合うために大口径の大砲を搭載していたかつての軍艦と違い、現在はハイテクを駆使した高性能、多機能がメインとなっている各国の艦艇。
海上自衛隊でも、激変する世界の安全保障環境の潮流に対応した新世代護衛艦『もがみ』(FFM)がデビューした。FFMとは、対潜・防空能力を持ち、揚陸部隊や補給部隊などの護衛を任務とする艦艇フリゲートのFF(Frigate)に多目的(Multi-Purpose)と機雷(Mine)のMを足した多機能護衛艦という艦種である。
世界のトレンドを見るとともに、そのなかでFFMのどこが注目されるのか、軍民問わず多くの艦船に精通している専門家に聞いてみた。
標準となった「ステルス性」
護衛艦『もがみ』の艦体に象徴されるステルス性。海事ライターの浅野一歩氏によると、アメリカは1980年代からステルス性を意識した艦艇の建造を開始していたという。
「当時、西側と対峙していたソ連は空母戦力が未熟だったため、長距離の対艦ミサイルをメインとした海上戦略を構築していました。一方で西側の水上艦艇は、艦隊の位置や規模を捕捉されないようステルス技術を磨いていったのです」
海上自衛隊も例外ではなく、93年に就役した護衛艦『こんごう』は、レーダー反射面を少なくすることを意識した艦体構造になっている。経済的・技術力に後れを取っていた旧東側諸国もステルス性を重視するようになり、特に装備品の一大輸出国である中国は相手国からの求めにも応じてステルス艦の建造を大々的に行っている。
「2022年の国際観艦に参加したシンガポール海軍のフリゲート艦『フォーミダブル』は、『もがみ』と同様の設計思想といえるでしょう。もはやステルス性は世界の艦艇の基本フォーマットになっています」
海自の覚悟が現れたFFM
そうしたトレンドのなかで誕生したFFMだが、浅野氏は海自独自のポイントをいくつか指摘する。
1つは、短期間で海上戦力の充実を可能にする2隻同時建造だ。これは世界的にも珍しく、浅野氏は、「これまでの護衛艦は、同型艦(注)であってもメーカーや建造時期が異なっていたので、細かく見ていくと1隻1隻に微妙な違いがあります。しかし、FFMは同時期に同じ設計図・メーカーで建造しているので、全く同じものが出来上がる。例えるなら、従来の護衛艦がオーダーメードのオートクチュールで、FFMは既製服のプレタポルテ」と語る。
さらに、護衛艦としては初めて着座式となり、利便性を追求して進化した民間商船と同じシステムを導入した艦橋となったこと。また、1隻の艦艇がさまざまな任務をこなす「マルチロール化」というグローバルスタンダードを意識した掃海機能の付与など、注目点をいくつか挙げたうえで、浅野氏が特に画期的だと強調するのが、船首にある船を横方向に移動させる動力装置「サイドスラスター」だ。
「サイドスラスターがあれば、タグボートなしで入港、接岸ができます。護衛艦に設置されたのは初めてで、これによりFFMは南西諸島など、従来の護衛艦では停泊が難しかった小さな港にも展開できるようになります」
こうしたFFMの特徴から見えてくるものは何なのか。
「開発段階の装備品を採用するなど、運用しながら戦力化を図っている段階なので、評価はまだ先になりますが、FFMは海自と造船所の意識を変えた艦艇であることは間違いありません。伝統を重んじてきた海自が、日本の防衛を変革しようとする覚悟が現れた存在だといえます」
(注)艦艇は、製造効率、費用効率などの観点から、同じ設計で複数隻が建造されることが一般的だが、同じ設計で最初に造られた艦を「1番艦」と呼び、それに付けられた艦名(例えば『もがみ』)が型式名となり、以後、造られる艦を、例に倣えば『もがみ』型2番艦、『もがみ』型3番艦……と呼ぶ。
【浅野一歩】
海事ライター、フォトグラファー。防衛専門紙、日本海事新聞の記者を経たのち独立。現在はフリーランスの記者、カメラマンとして、主に船舶・造船や防衛関連の取材に携わる。
(MAMOR2023年5月号)
<文/古里学>