世界各国にある日本大使館などには、軍事情報の収集や防衛協力の交渉などを行う「防衛駐在官」(以下防駐官)と呼ばれる自衛官が赴任している。防駐官は、現場でしか収集できない“生きた”情報を得るために、さまざまな交流を行っている。
日本の国益に資する情報を入手することが任務となる防駐官。情報を収集するには、当地の軍事関係者や各国の駐在武官らと信頼関係を築き上げることが重要だ。そのために駐在武官らを家庭に招待し、家族ぐるみでさまざまなおもてなしをしている。
自衛官の身分を持ちながら外交官としても活動する防駐官。その同僚として共に業務を行っている外交官は、防駐官とその家族の活動をどのように見ていたのだろうか。元外交官である上野久氏に話を聞いてみた。併せて、防駐官の活動に関わる手当などについても紹介しよう。
情報は雑談の中にも潜む。日ごろの交流が何より大切
元外交官の上野氏が防駐官との接点で印象に残っているのは、ニカラグア日本大使館で勤務をしていた時代だという。
「私がニカラグアに赴任した1980年代後半は内戦の最中で極めて不安定な社会情勢(注1)でした。当時パナマに赴任していた防駐官と一緒に現地関係者と交流し、情報収集をしました」
情勢が不安定なときこそ防駐官による軍事情報の収集は重要で、そのためのおもてなしも重要になる。
「私たち文官と武官(防駐官)は情報収集を共通の任務としながら、政治経済については文官が、軍事関係や治安情報は防駐官が、と役割分担で動いています。
例えば、その国の国防省など、外交官では入りにくい場所でも、制服を着た自衛官であれば比較的容易にアクセスできるケースも多い。それに、軍事情報の収集と分析は、一般の外交官よりも自衛官にアドバンテージがあります。国防関係者の夫人同士の交流で仲が深まり、情報を得られたという話も聞きます。ですので、正しい情報を得るためにも公私で家族ぐるみの付き合いが重要なのです」と上野氏。
防駐官も含め、外交官の家族が同席するのはカジュアルなパーティーの場が多く、ゲストに合わせてメニューを決めたり、接客を指示するのは主にパートナーである妻であることが多いので、家族のサポートが重要と上野氏は話す。
「ニカラグアに赴任していたころは厳しい政治情勢で食材の確保もままならない時代でしたので、プロの料理人を雇ったり、ケータリングを用意しました。雑談から重要な情報を得られることも少なくありません。リラックスできる環境作りは、防駐官もご家族の協力を得ながら尽力されていたでしょう」
(注1)1979〜89年、ニカラグアでは、革命政権の政府軍と、アメリカ合衆国が支援する反革命傭兵軍「コントラ」によるコントラ戦争が起こっていた
粘り強いメンタルと肉体に多様な能力が要求される
防駐官の派遣任期は基本的に3年。派遣時は語学能力、特に英語が求められるが、派遣国によっては現地語に長けることも重視されると上野氏。
「語学力は『いろはの“い”』。パーティーなどではコミュニケーション能力や社交性が要求される場面もあるでしょう。夫人同伴のレセプションなども多いため、家族にも語学力などが求められ、防駐官の家族は赴任前から自費で語学の勉強をされているとも聞きました。時には外交官のように振る舞わなくてはいけない場面もあるでしょう。防駐官は努力が必要ですが、家族も同じように努力をされているのはすごいことだと思います」
防駐官は自衛隊のみならず、日本の代表としてその国に赴任する重要なポストだ。その任務と能力は、一流の外交官に匹敵し、家族もまた外交官のように幅広く活躍をしているのだ。
海外に派遣される防衛駐在官の在勤手当などを紹介
防駐官をはじめ、在外公館に勤務する国家公務員(在外職員)には各種手当が支給される(注2)。支給額は派遣国により異なるが、手当の一部を紹介しよう。
在勤手当:給与に相当する。在外職員が勤務するのに必要な衣食などの経費として支給
住居手当:在外公館において勤務するのに必要な住宅費の補助として支給
子女教育手当:在外職員の子ども(3歳以上18歳未満)が学校教育やそのほかの教育を受けるのに必要な経費として支給
特殊語学手当:防衛駐在官が在勤地において必要な英語、フランス語、ドイツ語以外の語学の研修などの費用を支給
(注2)「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律」(名称位置給与法)に基づき支給
【上野久氏】
1955年生まれ。外交官としてメキシコ、ニカラグア、ポルトガルなどの日本国大使館および総領事館に勤務。著書に『サムライたちのメキシコ』(京都国際マンガミュージアム刊)など (写真提供/本人)
<文/真嶋夏歩>
(MAMOR2023年6月号)