わが国が他国などから侵略を受けた際に、地上で敵を迎え撃つ陸上自衛隊は、弾薬や燃料は当然のこととして、食糧から医療まで必要なあらゆるモノ、コトを全て自前で用意し、最前線の部隊を支えている。攻撃を受けたり故障などで飛べなくなった航空機を、最前線で修理・整備、回収をする整備部隊まで用意されているのだ。それが「航空野整備隊」だ。
マルチな整備員を育てる教育
航空野整備隊では、設備の整った格納庫だけでなく、クレーンも機材もない野外での修理・整備を行わなければならないこともある。そのために、整備の技術はもちろんのこと、野整備隊として必要なさまざまな能力を隊員に身につけさせるために多種多様な訓練・教育を実施している。
彼らが普段どんなことを習得しているのか、前回の記事に続いて具体例を紹介しよう。
「危険見積」で修理・整備中の事故を未然に防ぐ
航空野整備隊では若手整備員を対象として、整備訓練専用のヘリコプター(UH−1Jなど)を使い、トランスミッションやエンジンの交換など難易度の高い整備を実習している。
作業前には「危険見積」と呼ばれる、一連の作業中で危ないのはどのあたりかを確認し、その対策を練ることが大切だと教える。さらに、過去に発生した事故や不安全の教訓を確認し、風化しないように徹底。安全に関する知識、意識を高めるよう教育を進めている。
「航空学校に入校」し整備員としての基礎を学ぶ
航空野整備隊に新しく配置された隊員は、部隊の現場で実務経験を積みながら「初級航空機整備」という自衛隊内での資格を習得する。その後、実務経験を積みながら陸曹候補生を目指し、課程修了後は、霞ヶ浦駐屯地(茨城県)にある航空学校霞ヶ浦校で「航空機整備課程」に入校。3~6カ月の教育を受ける。
さらに、エンジン交換やトランスミッション交換など専門性の高い技術を習得するため、同校の「航空機体整備課程」に入校する。なお、整備を担当する機種の多い航空野整備隊では、1人で2、3機種の機体を整備する必要がある。
修理・整備前後の「飛行支援」で離着陸をサポート
航空野整備隊は、航空機を運用する飛行隊に対して、機体整備以外でもサポートを行う。航空機が不具合などによって予防着陸(注)や不時着した場合などに航空機の回収を実施するほか、事故などで航空救難が発生した場合の搭乗者の救出・救護、さらには現場の保存や警戒、そして航空機の回収も航空野整備隊の仕事だ。これらは大型トレーラを持つ輸送科部隊などとも連携して実施する。
これに加え、有事にはヘリによる戦闘を実施する場合の、補給地点での燃料や弾薬補給、そして周囲の警戒や警備も彼らの仕事だ。また、平時には駐屯地に野整備隊でしかできない整備のために訪れた航空機に対して、格納庫への誘導などの支援を行っている。
(注)予防着陸:予期せぬ異常や状態の変化に伴い、危険を避けるために予定外の着陸を行うこと
第12旅団のヘリコプターを対象に「巡回整備」を実施
東部方面航空野整備隊は、立川駐屯地に所在する東部方面航空隊、および第1飛行隊がもつヘリコプターのほかに、相馬原駐屯地(群馬県)に本拠を置く「第12ヘリコプター隊」のもつ機体の整備も担当している。現地の航空隊(飛行部隊)が自ら行えない高度な整備を出向いて実施する。
連絡訓練幹部として各種部隊内での連絡・調整を行う石下谷由美子1等陸尉は、「伝達漏れがないように、言葉遣いや念押しを徹底するよう心がけています」と語る。
航空野整備隊のメカニック魂とは?
隊長の思いを浸透させ現場をまとめる役割がある
最先任上級曹長として部隊の曹・士をとりまとめる立場の最先任上級曹長・山内覚准陸尉。日々現場に顔を出し、隊長と現場のパイプ役に徹する。「隊長が抱く部下への思いを体現するため、また、いざ有事となっても全員が生きて帰れるよう、日々の整備を安全確実に行えることを重点に現場を見ています。現場を束ねる整備隊長、補給隊長の指導の邪魔をしないよう、あくまで裏方として隊員たちの心情把握に努めています」と語る山内准尉。
自身が一番心がけていることは、との問いには「まずは自分が楽しくやること。皆にマイナスイメージを付けないようにしています」とにこやかに答えてくれた。
野整備隊の特殊性を踏まえマルチに活躍できる隊員を
東部方面航空野整備隊を預かる東部方面航空野整備隊長・三雲啓介2等陸佐は、部隊の特殊性を強調する。
「航空野整備隊は、駐屯地だけではなく野外でも整備、特に重要な部品の交換を担います。これができないと航空機の即応性や稼働率が下がり、自衛隊として任務を果たすことが難しくなります。私たちは、どのような場所でも整備を行うため、各種器材と特殊な技能を持っています。これを活用して、陸自航空部隊の円滑な運用に寄与します」
整備を担当する部隊として、最大のポイントは安全管理。いかなる状況にあっても、安全確実に整備が実施できるように隊員を鍛え上げていくという。
「当隊のもう1つの特徴は、隊員がマルチに活躍する点です。海・空自では個々の整備員に高い専門性が付与されて担当分野が明確ですが、陸自航空部隊は少数多機種化が進んでいることもあり、1人で2機種以上、できれば3機種整備できるように教育しています。今後新機種の導入も予定されていますので、今まで以上にマルチな能力が要求されるでしょう」
(MAMOR2023年3月号)
<文/臼井総理 写真/荒井健>
―戦場のメカニック―
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです