•  わが国が他国などから侵略を受けた際に、地上で敵を迎え撃つ陸上自衛隊は、弾薬や燃料は当然のこととして、食糧から医療まで必要なあらゆるモノ、コトを全て自前で用意し、最前線の部隊を支えている。攻撃を受けたり故障などで飛べなくなった航空機を、最前線で修理・整備、回収をする整備部隊まで用意されているのだ。それが「航空野整備隊」だ。

    画像: ヘリが戦場に不時着…どう修理する?「航空野整備隊」の華麗なる整備術

     主にヘリコプターの整備を行う「東部方面航空野整備隊」にスポットを当てて、攻撃を受けたり故障したりして不時着したヘリコプターをどのように修理・整備していくのか、順を追って解説していこう。

    部品・工具の運搬

    野外で行われるさまざまな修理を想定し、多数のメタルコンテナで工具・部品を輸送

    画像: 野外フォークリフトを使って、トラックにヘリのトランスミッション(ギアを介してエンジンの力をローターに伝える変速装置)が入った金属製のケースを積載する

    野外フォークリフトを使って、トラックにヘリのトランスミッション(ギアを介してエンジンの力をローターに伝える変速装置)が入った金属製のケースを積載する

     野外で修理を行うためには、当然、必要な部品や工具は全て持参しなくてはならない。そこで、いつでも外に器材や部品一式を持ち出せるように準備されているのだ。例えば工具なら、機体の各部位に必要な工具を「メタルコンテナ」という金属製の箱にひとまとまりにして、すぐに運び出せるようになっている。

    画像: 航空野外部品庫の内部。引き出しが多数設置されている。それぞれの引き出しに何の部品が収納されているのかは番号で全て管理されており、すぐ分かるようになっている

    航空野外部品庫の内部。引き出しが多数設置されている。それぞれの引き出しに何の部品が収納されているのかは番号で全て管理されており、すぐ分かるようになっている

     部品についても、細かいネジのようなものから大きな航空機用エンジン、ローターブレード(羽根)まで持って行けるように、普段から各コンテナ内に整理整頓がされている。

    画像: ヘリのエンジンが入った専用のケース。また、保管中に劣化しないよう、乾燥した空気を充填して密閉されている

    ヘリのエンジンが入った専用のケース。また、保管中に劣化しないよう、乾燥した空気を充填して密閉されている

     比較的小さな部品はトラックにも積載できる「航空野外部品庫」内の小さな引き出しにそれぞれ格納されているほか、エンジンなど専用のケースに入れた状態で保管されているものもある。航空野整備隊が屋外での修理や整備を行う際には、これらを輸送トラックに積み込み、修理が必要な現場まで輸送するのである。

    機体の運搬・回収

    ローターブレードを取り外しクレーンでつり上げ。野外で動けなくなった機体を回収・運搬する

    画像: OH-1観測ヘリコプターを使った、屋外での機体回収演習の模様。メインローターを取り外した上で、航空救難車のクレーンでつり上げ、トレーラーに積載する 写真提供/防衛省

    OH-1観測ヘリコプターを使った、屋外での機体回収演習の模様。メインローターを取り外した上で、航空救難車のクレーンでつり上げ、トレーラーに積載する 写真提供/防衛省

     現場到着後、故障したヘリコプターを「航空救難車」でトラックに積載し、運搬を行う。この際、航空野整備隊のもつ器材だけでは対応できない場合には、大型のトレーラーやクレーン車などをもつ後方支援部隊などと協力して作業を行うこともある。

     回収作業では、破損防止、そして輸送時の邪魔にならないよう、まずはヘリのローターブレードを外す作業を行う。その後、落下したりバランスを崩したりしないよう慎重に固定した上でクレーンを使ってつり上げ、トラックやトレーラーの荷台に機体を載せる。載せ終わったらロープやベルトなどを使って適切に固縛し、運び出す。

     運び出された機体は、どこがどの程度損傷しているのか、確認を受ける。このほか、補給処やメーカーでの修理が必要になった部品を回収・分類するのも航空野整備隊の受け持つ任務となっている。

    機体の擬装

    敵に発見・攻撃されないように修理中はさまざまな方法で機体を隠す

    画像: UH-1Jヘリコプターをシートで覆い隠す隊員 写真提供/防衛省

    UH-1Jヘリコプターをシートで覆い隠す隊員 写真提供/防衛省

     有事に野外で作業を行う場合、警戒しなくてはならないのが「敵の目」だ。のんびり作業をしていては、敵に位置を知られ格好の標的になってしまう。隠せるものはできるだけ隠しておかねばならない。

    画像: 擬装網に包まれた状態のヘリを回収する作業 写真提供/防衛省

    擬装網に包まれた状態のヘリを回収する作業 写真提供/防衛省

     航空野整備隊では、機体の整備作業中や運搬時などに目立たないよう、各種の天幕(テント)や、バラキューダと呼ばれる擬装網を使って機体を覆い隠す。また、天幕は擬装目的以外に、雨風をしのぐための仮設の格納庫としても使える。

    画像: 大型のエアドームを設営。写真は、3分割されている本体の1つ 写真提供/防衛省

    大型のエアドームを設営。写真は、3分割されている本体の1つ 写真提供/防衛省

     航空野整備隊には、ヘリを収納できるほどの大きな天幕があり、中でも「エアドーム」は長さ20メートル、高さ6・6メートル、幅9・7メートルにもなる。これには、大型ヘリCH−47Jもすっぽり収まるといい、8台のコンプレッサーで空気を送って膨らませる。展開するには、訓練された隊員が数十人がかりで半日強かかる。無事に擬装が済むと、本格的な修理が開始される。

    板金修理

    壊れた航空機の外装を修理。ほかの整備班から要望があれば、特殊工具を自作することも

    他部隊から依頼があったAH-1S攻撃ヘリコプターの外装部品を駐屯地で修理中。古くなったリベットを外して、新しいものに打ち替える作業を行っている

     敵の攻撃で外装がダメージを受けた場合、板金修理が必要になることもある。板金修理とは、ハンマーや当て木を使ってたたき、延ばすなどして、板状の金属部品のへこみ、ゆがみなどを直す作業のこと。

     航空野整備隊の板金修理は、主に機体の外装部品に対して行う。ヘリコプターの各パーツは長く飛行することで細かなキズやわずかなゆがみが発生するほか、振動などによって、機体の部品同士を接合するために用いるリベットが割れたり抜けたりもする。これらの修理も板金修理に含まれる。

     また、板金修理のほか、切断、溶接、切削に穴開け、さらには塗装もお手のもの。必要があれば、金属加工技術を使って特殊な部品を自分たちで作ることもできる。また、航空野整備隊が使用している工具の中には、野外で使いやすいように製作した工具もある。これら技術・道具を用いて、野外での板金修理を可能にしている。

    エンジンの交換

    損傷したエンジンは取り外して交換し新たなエンジンで任務復帰を目指す

    画像: 格納庫でUH-1Jのエンジン交換作業を行う隊員たち。機体から外したエンジンを、メンテナンスホイストと呼ばれる器具でつり上げ、作業台に固定しようとしているところ。有事の際は野外でも行う

    格納庫でUH-1Jのエンジン交換作業を行う隊員たち。機体から外したエンジンを、メンテナンスホイストと呼ばれる器具でつり上げ、作業台に固定しようとしているところ。有事の際は野外でも行う

     エンジンが損傷した場合、新品のエンジンと交換する。陸自の航空部隊では、航空機の整備をレベルによって5段階に分けており、比較的軽微な整備である第1、2段階整備は、航空機を運用する航空隊(飛行部隊)が自ら担当する。それよりも高度な技術が必要な、エンジンなど重要部品の交換や特殊な故障の修復など第3段階の整備を航空野整備隊が担う。

     ちなみに、より高度な第4段階整備は関東補給処が、第5段階整備はメーカーなどが担当することになっている。もちろん、このエンジン交換作業も、航空野整備隊は屋外で行うことができる。作業手順は、エンジンを機体から外して降ろし、エンジンに付属する「補機類」と呼ばれる周辺機器を外す。次に、新しく搭載するエンジンに外した補機類を装着し、機体に搭載、調整を行って飛べるようにするという流れ。

    アビオニクス整備

    レーダーや無線機など高度な電子機器も交換して動作をチェック

    画像: トラックに搭載された状態の、機上通信統合システム試験装置。多数の整備器材が搭載され、無線機、レーダーなど各種アビオニクスのテストや整備がこれ1台でまかなえる

    トラックに搭載された状態の、機上通信統合システム試験装置。多数の整備器材が搭載され、無線機、レーダーなど各種アビオニクスのテストや整備がこれ1台でまかなえる

     ヘリの故障は、物理的な破損だけに限らない。アビオニクス(avionics)の修理も航空野整備隊の担当だ。

     アビオニクスとは、レーダーや無線機をはじめとする、航空機に搭載されて飛行のために用いる各種電子機器のこと。ほかの整備同様、平素の初歩的なチェックや整備は実際に航空機を飛ばす飛行隊が担当し、高度な整備・調整・部品交換が必要な場合に、野整備隊が受け持つ。

     なお、高度な整備技術が求められるアビオニクスの整備は、航空野整備隊の中でも整備隊アビオ整備班に所属する専門の整備員によって行われる。アビオニクス整備班は、「機上通信統合システム試験装置」で、5機種のヘリ全てのアビオニクスについて修理や動作確認を行う。こうしてさまざまな箇所の修正・整備が施されたヘリコプターは無事任務に復帰することができるのである。

    (MAMOR2023年3月号)

    <文/臼井総理 写真/荒井健>

    戦場のメカニック

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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