海上・航空両自衛隊にはパイロットを目指す若者が集い学ぶ「航空学生」という制度がある。航空学生たちは6時の起床から、22時10分の消灯まで、学科教育に訓練などみっちり詰め込まれたスケジュールをこなす。
MAMORは山口県の防府北基地で2年間の集団生活を送る、航空自衛隊の航空学生に密着。1、2学年になってそれぞれ8カ月以上がたった「ある1日」の模様をご紹介しよう。
6:00 起床。身支度を整え、5分後には外で点呼
起床のラッパが鳴り響くと、一斉に電気がともる学生の居室。急いで身支度を整えた学生たちが、われ先にと外ヘ飛び出してくる。最初の学生が出てくるまでわずか1分半。その後も学生たちが次から次へと走って出てくる。
5分後には全員が勢ぞろい。区隊ごとにまとまって教官の点呼を受ける。長い1日の始まりだ。
6:05 洗面、身辺整理、掃除、朝食。全ての準備を1時間以内で終える
眠い目をこすりながらでも体は動く。自分の身支度だけではなく、居室の身辺整理も大事な作業。ここをおろそかにすると、教官から大目玉を食らうことに。入隊当初はおぼつかなかった作業も、さすがに手慣れたもの。シーツ、毛布をきちんと畳み、枕を一番上にのせて寝床の整理は完了だ。
掃除も大事な作業。窓のさんなど、細かい所まできちんと拭いていく。指で拭ってホコリが付くようなことがないよう、丁寧に、丁寧に。
その断面から「バウムクーヘン」とも呼ばれる、畳んだ端のラインがそろった毛布。慣れるまではこれを整えるのに時間がかかるそう。
当然だが洗濯も自分たちで行う。洗濯室で洗濯物と格闘。襟や袖口の汚れがないよう手で落としてから洗濯機に入れる。朝食を含め、短い時間で全ての身の回りの作業をこなすのは大変だ。
隊舎の洗濯物干し場「乾燥室」から自分の衣類を取り込む学生。要領が悪いと、生乾きの服を着るハメになることもあるとか。
7:00 2学年は「間稽古」(まげいこ)の時間。体操とジョグを行う
「間稽古」とは、自衛隊独特の用語で、主に朝礼前に行われる運動時間のこと。この日の間稽古では「自衛隊体操」で準備運動をした後、その場で体幹トレーニングを実施。
ストレッチが終わると、基地内をジョギング。まだ朝起きてから間もないとは思えないスピードで走っていく学生たち。この日、1学年は訓練準備のため間稽古は免除された。
8:00 朝礼を終え、そのまま課業行進に突入
「課業行進」は、学生たちが行進曲に合わせて隊列を組み、行進して課業に向かうことで、毎日行われている。学生指揮官、旗手、そのほかの学生が順に並んで行進する。行進の足並みがそろっていなかったり、姿勢が悪かったりすると容赦なく教官から指導される。この日も「しっかり手を振る!」、「旗手は腕を下げない!」と大きな声がかかっていた。
8:25 航空学生ならではの授業を昼までみっちり受ける
課業開始の合図として行われる8時15分の「国旗掲揚」が終わると、10分後には授業がスタート。航空学生の2年間は、座学中心の学習。航空関係の講義では、目を輝かせながら教官の話に聞き入る姿が見られた。
学生たちの間でも会話を交わしながら、実物の計器を使ってその機能などを学ぶ。興味津々といった表情だ。
短い期間にたくさんのことを身に付けなければいけない学生たち。講義に臨む姿勢は真剣そのもの。
休み時間に自販機の前で飲み物片手に一息。ちょっとした休みにも、学生同士会話に花が咲く。
そのころ1学年は…初めての「30キロメートル徒歩行進訓練」に出発
この日は、1学年の恒例行事「30キロメートル徒歩行進訓練」が行われた。防府北基地を出発して、周辺地域を歩く。有事の際に必要な能力である、武器を所持して徒歩で長距離を移動する要領を身に付けさせる目的で行われる。指揮官や交通整理、伝令などそれぞれ役割を代わりながら、学生は小部隊を指揮する方法などを学ぶのだ。
出発前に小銃や持ち物の点検。2学年で行う野外総合訓練などとは異なり、小銃は持つが基本的に軽装だ。水の入った水筒1本、タオルや着替えのTシャツなどが入った小さな衣のうや弾帯(ベルト)を身に着ける。
準備を整え、8時に行進スタート。30キロメートル歩くとはいえ、そこまで緊張した面持ちには見えない。区隊ごとに隊列を組み、皆そろった足並みを保ちつつ、リラックスした表情で基地から出掛けていった。
12:05 2学年は待ちに待った隊員食堂でのランチ
12時5分、午前の課業終了。13時までの昼休みの間に、昼食と休憩、そして午後の課業の準備をしなくてはならない。まずは腹ごしらえ。ご飯は好きなだけよそえる。さすがに皆若いせいか、特に男子はてんこ盛りに盛り付けていく。
隊員食堂では、全国から集まる学生が古里の味を楽しめる工夫も。この日は岐阜県のご当地献立ということで「鶏ちゃん焼き」。これにポテトサラダと、赤だしのみそ汁、十六雑穀ご飯、アップルジュースで、合計1316キロカロリーだ。
隊員食堂にはテレビがあるため、食事の合間にニュースをチラ見。
食事が終わった学生は、自室に戻ったり運動したりと思い思いに過ごす。自室で好きなおやつを食べながら仲間と会話している者もいれば(写真上)、短い時間に運動場で体力錬成や筋力トレーニングをする者も。
13:00 午後の授業がスタート。休憩時間は眠気との戦い
この日取材したのは2学年の航空気象学の講義。自然のことを知らなければ安全に航空機を操縦することはできないため、教官の話にも熱が入る。
授業の合間の短い休み時間。昼食後とあって眠気も襲ってくる。何人かは机に突っ伏して一瞬の睡眠をむさぼっていた。
指名された学生が講師の問いに答える。2学年の学生だけあって、答え方もしっかりとしたものだ。
15:00 1学年は行進訓練も佳境。ゴール後はそのまま戦闘訓練に
隊列を組んで街を歩く学生たち。見慣れた光景のためか、地元の人々も特に驚きもせず温かい目で見守っていたのが印象的だった。交差点では交通整理係の学生が、一般車両の通行の邪魔にならないように行進の列を誘導。
ゴール前最後の休憩。「キツくない?」と聞くと、皆笑顔で「大丈夫です!」、「余裕っす!」と答える。若干大変そうだったのは年配の教官のほう。ちなみに、短時間でも編上靴と靴下を脱ぎ、足を休ませるほうが足の皮もむけにくいらしい。
30キロメートルを歩ききり、基地に戻った学生を待ち受けるのが戦闘訓練。そもそも今回の行進訓練も、徒歩で援軍に行くという設定で行われたものだ。到着した分隊から順に、敵が待ち受ける陣地に向かって進んでいく。
自衛隊のほふく前進には、第1から第5ほふくまで5つの形がある。身を隠す草むらを示した印の前で止まり、号令とともに指示されたほふくの形で前進。写真の姿は「第3ほふく」。徒歩行進後の戦闘訓練はさすがにつらそうだ。
17:45 2学年は夕食、身辺整理を終えて、クラブ活動でリフレッシュ
午後の課業を16時40分に終え、課業終わりの合図として行われる17時の「国旗降下」が終わると、夕食や身辺整理の時間。17時45分からは「航友会活動」、クラブ活動の時間だ。
サッカー部、バスケットボール部、バレーボール部、野球部、テニス部、剣道部など8つの運動部があり、文化部はない。写真は筋トレに励む野球部の学生たち。汗を流してリフレッシュするとともに、気力・体力の充実にも一役買っている。
バスケットボールを楽しむ学生たち。部によっては、地域の方々と交流したり、地元の社会人大会に参加したりすることも。
テニスを楽しむ学生たち。入隊前に経験していた部活を続ける者もいれば、全くの初心者もいる。学生同士で教え合い、笑い合いながらプレーしていた。
18:45 入浴後は約2時間の自習時間。22時に点呼、10分後には消灯
食事と並ぶ1日の楽しみと学生が口をそろえる、入浴の時間。多くの学生は航友会活動を終えた後、19時30分までの自習準備時間に済ませる。仲間と隊員浴場へ向かう学生たち。黄色い反射たすきは日没後移動するときに安全のため着用を義務付けられているもの。
19時40分から21時30分までは自習時間。自習室として開放されている教場で自学自習。その日の講義の復習や、明日の予習に余念がない学生たち。自習をサボると自分がつらくなるからだ。
分からないところは学生同士で教え合う。時には教官の所に質問に行くこともあるそう。
21時30分からは就寝準備時間。身支度や寝床を準備する。22時、朝と同じく隊舎前で点呼。終わると各自部屋に戻り、22時10分には消灯。慌ただしい1日が終わる。「疲れていると一瞬で次の日の朝が来ますね」とは、ある学生がしみじみ語った言葉だ。
(MAMOR2023年5月号)
<文/臼井総理 撮影/伊藤悠平>