自衛隊は、任務に必要なモノ、コトを全て自分自身でまかなう“自己完結型”の組織となっている。そんななか“こんな仕事まで?”と感じる、しかも“自衛隊らしくない(?)”知られざる任務を選んで紹介しよう。
有事における極限の状況を想定した自己完結型組織
日本に暮らす人々の生活を守る組織には、自衛隊のほかに警察や消防などがある。だが、自衛隊はほかとは全く違う「自己完結型組織」だといわれる。それはいったいなぜか?
警察は主に犯罪の予防や鎮圧、捜査、逮捕、交通の取り締まりなどの活動に従事。消防は消火活動や、災害・事故現場での救助活動、救急活動などが主な業務だ。特定の業務に集中したシングルタスクを遂行するこの2つの行政機関は、その役割に応じた専門職の人員で構成されている。
それに対して自衛隊は、どうだろうか。有事の際に起こりうるさまざまな事態に対処する部署があり、各専門のスキルを持った人員で構成されている。自衛隊は、あらゆる事態に対応して活動できる体制が整えられた組織なのだ。それは自衛隊が、有事の際にインフラが機能しないなど、極限の状況を想定して組織されているから。
例えば戦場では、道路や橋が破壊されている可能性がある。すると、悪路でも通行できる戦車や、架橋のための装備を保有し、それらを扱える人材が求められる。また、危険が伴う前線の現場でも、医療設備や医療従事者が必要だ。
そのため、陸自では野戦病院システムが、海自では艦艇内に外科用の手術室などの医療設備が整備され、自衛官である医師や看護師が配備されている。そのほかにも、想定されるさまざまな事態に対処するため、自衛隊には、薬剤師や臨床検査技師、消防士、電気技師……といった、非常に多岐にわたる職種のエキスパートたちが業務を行っている。だが、中には、「こんな任務まであったんだ!」と感じる“実力組織らしからぬ”任務もある。ここからは、そんな知られざる“やわらかい”任務を紹介していくことにしよう。
ラジオパーソナリティー:広報活動の一環としてFM番組を放送
「広報官」
主な勤務地:海上自衛隊大湊地方隊など
海上自衛隊大湊地方隊には、ラジオパーソナリティーの仕事をしている隊員がいる。青森県コミュニティーFM「FM AZUR(アジュール)」内で『海上自衛隊アワー』という番組を持ち、隊員インタビューや大湊地方隊のイベント情報、全国の海自の部隊の紹介、自衛隊音楽まつり、自衛隊観艦式の様子などを放送している。
「なんで自衛隊がラジオ番組を?」と思うところだが、これも自衛隊の広報活動というれっきとした任務の1つ。放送を通じて、一般の人たちに自衛隊を身近な存在として感じてもらうためのおしごとだ。放送は毎週月~金曜日の午前7時から30分間(再放送:午後2時30分~3時)。パソコンやスマホでも聴けるので(注)、気になる人はチェックしてみては?
(注)大湊地方隊のホームページ(https://www.mod.go.jp/msdf/oominato/kaiji_hour/fmazur.htm)にある番組視聴用のリンクをクリックすると、FM AZURのホームページへ移動し、『海上自衛隊アワー』を聴くことができる
ミュージシャン:広報や隊員の士気高揚を音楽演奏を通じて実施
「音楽隊員」
主な勤務地:全国にある陸・海・空の各部隊、基地、駐屯地など
陸・海・空各自衛隊には音楽隊が編成されている。その主な任務は「広報演奏」と「儀式・式典演奏」、「隊員の士気高揚」の3つ。各種イベントやコンサートなどの演奏を通して、自衛隊について国民に広く知ってもらうこと、また、国家行事や外国要人の来日時の演奏や、全国の各部隊で活動する自衛隊員の士気を鼓舞するための演奏を任務としている。
中でも陸自の中央音楽隊は、年間で約190回もの演奏を披露。日本で一番スケジュール調整が難しい吹奏楽団といわれるほど、演奏のクオリティーも高い。また、海自の音楽隊には、退職後にプロのジャズトランペッターに転じた人もいるという。
お天気キャスター:航空機の運用に必要な気象情報を提供
「気象幹部」
主な勤務地:全国にある陸・海・空の基地、駐屯地など
天気予報など気象に関する情報は、自衛隊の航空機の離着陸や飛行の安全確保のためには不可欠だ。そこで、陸・海・空各自衛隊にいる「お天気キャスタ―」の出番となる。「気象幹部」と呼ばれる任務だが、これらの隊員の一部には気象予報士の資格を持つ者もいる。
任務は現在の気象状態を把握するための「現況」とそれをもとにした今後の「予報」が2大要素となるが、雲の高さや気温、気圧、視程(大気の見通し)、風向風速などを調査し、気象庁などとも観測データを交換して情報を収集。そうして得られた気象情報を、航空機を運用する全国の部隊や管制塔、飛行隊に提供している。
シェフ:全国の基地や艦艇で隊員の食事を調理
「給養員」
主な勤務地:全国の海自、空自の基地や海自の艦艇など
給養員は、自衛隊で提供される食事の調理を専門とする職種。海上自衛隊は舞鶴基地の第4術科学校、航空自衛隊は芦屋基地の第3術科学校で給養員課程を経た後、全国の空自の基地や分屯基地、海自の艦艇や基地に配属される。
なお、陸上自衛隊の食事は、各部隊の隊員が交代で調理を担当するため給養員はいない。海自や空自の基地などの食堂で勤務する給養員の任務は、栄養士が作成し、幕僚監部が通達する「基準献立」を基にしたメニューの調理と配食を行う。
艦艇勤務の給養員は、場合によっては食材の調達が数週間ごとの寄港時に限られるのと、日本と異なる外国の食材での献立づくりに苦労するという。
カメラマン:活動記録から広報まで隊員が写真・映像を撮影
「写真陸曹」「写真員」
主な勤務地:陸・海各自衛隊の全国にある各通信科職種の部隊
有事の際、現場での部隊の行動を、写真や映像に収めるのも自衛官の仕事だ。撮影された写真や映像は、戦況を分析するうえで重要な記録情報や資料となる。そのため、陸・海の自衛隊の通信部隊、航空部隊などには撮影担当の隊員がいる。
陸自には「写真陸曹」が、海自には「写真員」と呼ばれる隊員がいて、空自では専門職ではないものの、広報担当者が撮影を行うこともある。それら撮影隊員が、警戒監視の現場や訓練などの活動記録を撮影。また、広報資料として車両や艦艇、航空機などの装備品、基地・駐屯地などでのイベント、創立記念などの部隊行事の撮影も行っている。
心理カウンセラー:過酷な現場で働く隊員の心身をケア
「臨床心理士」「自衛官カウンセラー」
主な勤務地:全国にある陸・海・空の各自衛隊基地・駐屯地など
国防という重責を担う自衛官の任務は、ストレスにさらされることが多い。警戒監視活動や緊急発進などの過度な緊張を強いられる任務や、災害派遣時の悲惨な状況下での任務など、メンタルヘルスが脅かされる活動があるからだ。
そこで自衛隊では、臨床心理士の資格などを持つ自衛官、部内の教育課程を修了した自衛官カウンセラーを配置。悩みや不調を訴える隊員のカウンセリングをしたり、サポート体制を整えるよう、指揮官に助言をしたりしている。
さらに、隊員の心の健康を維持・管理するためのチェックリストの作成やメンタルヘルスの教育、メンタルトレーニングの指導なども行っている。
キャビンアテンダント:政府専用機の機内で食事のサービスなども担当
「空自空中輸送(特別輸送)員」
主な勤務地:航空自衛隊千歳基地(北海道)
真っ白な胴体に赤のストライプ、尾翼には日の丸が大きく描かれた機体――内閣総理大臣などが外遊の際に搭乗する政府専用機は、航空自衛隊の特別航空輸送隊が運用している。そのため、パイロットをはじめ、機上無線員、運航管理者、整備員などの運航関係者は全員、空自の隊員だ。
その中の空中輸送(特別輸送)員はロードマスターと呼ばれ、民間航空会社のキャビンアテンダント(客室乗務員)が行う飲食物のサービスや保安業務などのほか、貨物の積み下ろしや重量重心計算など広範多岐に渡る任務をこなす。政府専用機のロードマスターは民間航空会社で約2カ月のCA研修が課せられている。
モデラー:装備品の教材用模型ソリッドモデルを製作
「教材整備員」
主な勤務地:航空自衛隊浜松基地(静岡県)の教材整備隊
航空自衛隊の教材整備隊には、自衛隊の教育訓練などに必要な戦闘機や車両などの模型を作る“モデラー”がいる。製作するのは「ソリッドモデル」。ソリッドモデルとは樹脂製の模型で、部隊や新入隊員への教育(航空機の飛び方などをレクチャーする際)などに使用される工作教材だ。
パイロットの訓練生が地上での訓練に使用するコックピットを模擬した器材や、各種航空機、特殊な車両、ペトリオットミサイルなどの精巧な模型を、図面や写真をもとに造型する。資料で必要とあらば部隊に出向いてメジャーで装備品を測る、ということも。モデラーは、本物と見紛うほどの模型を匠の技でつくる職人だ。
印刷員:内部書類や教材などを専用設備で大量印刷
「空自の印刷製図員」「陸自中央業務支援隊印刷補給部」
主な勤務地:陸自では市ケ谷駐屯地(東京都)の中央業務支援隊印刷補給部や各方面総監部の総務部など。航空自衛隊では浜松基地(静岡県)の教材整備隊。東京、奈良の基地にも少数の部署を配置
教育隊や術科学校などで使用する教材や、部隊で作成される書類などは、大量の部数が必要とされる。そこで自衛隊には、印刷を専門とする部隊がある。
例えば、浜松基地に所在する空自の教材整備隊には、製版から印刷、製本まで手がけられる設備が充実。全自動製版機や、4色同時印刷ができるカラー印刷機、両面印刷機、製本丁合機などの設備まであるというから、立派な印刷工場だ。ここで各設備を使用して部隊や学校で使用される教科書や訓練資料のほか、パイロットが操縦時に使う航空路図誌、隊内に掲載されるポスターなどを印刷をしている隊員が印刷員だ。
編集者:防衛省・自衛隊刊行物の誌面づくりなどに携わる
「防衛省大臣官房広報課」
主な勤務地:防衛省大臣官房広報課や全国にある自衛隊の地方協力本部など
日本の防衛の現状と課題、取り組みについて国民に理解を求めるための『防衛白書』や、雑誌『MAMOR』のほかにも各種パンフレット、SNS向け動画制作といったものまで、防衛省・自衛隊では、さまざまな部内・部外向けの媒体が作成されている。これらの編集も自衛官の仕事の1つ。
『MAMOR』では、特集記事の企画立案や取材調整、原稿修正など、雑誌をつくるためのほとんど全ての作業工程に、陸・海・空の各自衛隊の自衛官が携わっている。白書の作業も当初は雑誌づくりの素人だった担当官が、作業を通じて次第に編集のプロフェッショナルになっていくという。
(MAMOR2022年2月号)
<文/魚本拓 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです