•  地震、台風、河川の氾濫など、災害が起こると日常生活が破壊される。すると当然、それに影響されてストレスや疲労などにより、心身の不調が出てくる場合が多い。そうなったとき、私たちはどう対処すればいいのだろうか。

     それを前もって知っておくことが大切という災害時のメンタルヘルス対策について、メンタルサポートセンターで精神的な不調を抱えた自衛官のメンタルケアを専門とする満井美奈子3等陸佐に話を聞いた。

    被災時、心と体の変化は誰もが経験する

    「災害は私たちにとって予期せずに突然被る大惨事です。大惨事に見舞われると、感情がマヒしたり茫然自失に陥ったり、パニックになることがあります。また少し時間が経つと被災時の光景がフラッシュバックしたり、悪夢を見る、眠れない、イライラするなどといった神経過敏の症状が出ることも」と満井3佐はいう。

     さらに数カ月後には自信の低下や将来への不安、『家族を助けられなかった』といった自責の念に襲われることもあるという。こうした心と体の変化は、惨事に遭遇したときは、誰にもでも起こり得る反応だと満井3佐は説明する。

    「私たちは惨事の状況に対して理屈ではなく本能的に対処しようとします。例えば、悲惨な状況を悲しむといった感情さえもマヒさせて、とにかく逃げようとしたり、行動を起こそうとします。また、被災した場所が怖くなったり、その場所を避けるようになることも。

     さらに、何か起きたら逃げられるように、夜になっても眠らないようにする、過酷な状況がよみがえるフラッシュバックも本能的な反応です。これは経験したことを忘れずに記憶して残しておくための危険から身を守る反応です。ですから、眠れなくなったり、悪夢を見たり、フラッシュバックなどが起こったとしても、それを“自分はおかしくなってしまった”などと悲観して思うことはありません」

     災害時に起こり得る心と体の変化が特殊なことではなく、普通の反応だとあらかじめ理解しておくことが肝心だという。

    「災害時の心身の不調には苦しめられるものですが、それでも、日常の生活を送るうちに、次第に以前の精神状態に戻っていくものなんです」

     さらに満井3佐は「普段から食料や飲料の備蓄をしたり、家族間でいざというときの連絡方法や避難場所について話し合っておくことも安心材料になるので心の防災として重要になります」という。

    被災時に見られる心の変化は?

    ・余震のたびに体が反応する
    ・1人になるのが怖い。建物に入るのが怖い
    ・地震があったことが信じられない
    ・訳もなくイライラして人に当たりたくなる
    ・眠れない
    ・悪夢を見る
    ・自分を責める
    ・無気力になる
    ・集中力がない など

    「計画的に休む」が心のケアに

    画像: 「計画的に休む」が心のケアに

     災害時の心身の不調を解消するには、心にたまっている悲しさや不安、怒りの感情などを人に話して吐き出してしまうことが重要だ。また、片付けなどが長引くなかでも、計画的に休息をとり、なるべく長時間、睡眠を取るようにする。

     睡眠の質を下げて健康にも悪影響を与えるので、コーヒーやお酒、タバコなどはできるだけ控えるようにしたい。

     健康のためには、作業中に適時、水分補給をし、散歩やストレッチなど、体を動かすこと。ときには、本を読んだり音楽を聴いたりと、自分の好きなことをする時間を設けることも大切だ。被災後の復旧は遅々として進まないと思いがちだが、日記を書いて日々の記録を残しておくと、少しでも前進していることが実感できる。

     それでも、体が不調を訴えていたり、気持ちが落ち着かない状態が続くときは、1人で抱え込まず、医師やカウンセラーなどに相談するようにしよう。

    災害が起きても乱れない心をつくる発災前からできる「心の防災」

     災害時に心身の状態が不安定にならないように自衛隊では普段から感情をコントロールするトレーニングをしておくことを推奨している。マインドフルネスや怒りの感情を抑えるケアなどが有効だという。

     元陸上自衛隊の心理幹部として多くの自衛官のカウンセリングを行った下園壮太さんに、読者が今日から実践できる瞑想と怒りのコントロール方法について聞いた。

    瞑想で心を整える

     マインドフルネスの実践法として有名なのが「10分間瞑想」だ。そのやり方は次のとおり。床やいすに背筋を伸ばして座り、膝など楽な位置に手をのせる。目を閉じるか1点を見つめるようにしてゆっくりと呼吸をする。呼吸に意識を集中させ、その状態を10分間続ける。その間、雑念が湧いてくるが、それをありのまま受け入れる。この瞑想を日課にすると、不安やストレスの解消につながるのだ。

    怒りを点数化する

     怒りの感情が湧いたとき、それを点数化するとイライラを抑えることができる。平静な状態を0点、激しい怒りを感じる状態を10点とし、10点満点で採点。怒りを感じ始める状態を5点とするなど自分なりの基準を設け、他人の言動にモヤモヤしたときなどに点数化する。これを習慣にしていくと、点数化の過程で冷静になり、怒りの感情を抑止できるようになる。

    怒りを記録する

     怒りの点数化とあわせ、怒りの感情を記録する「アンガーログ」も効果的だ。不快な出来事が起きたとき、その経験と、それに伴う怒りの点数をメモ帳やスマホの日記アプリなどに記録する習慣をつける。すると、記録を残すことに意識を集中させることで、怒りを爆発させることを抑えられる。また、自分の怒りの原因や傾向を知ることができるようにもなる。

    怒りが湧いたら離れる

     誰かとモメて言い争いになりそうになったら、その相手からいったん離れる、というのも怒りの抑止には有効だ。言葉の応酬は水掛け論になりがちなので、「ちょっとトイレ!」などと言いながらその場から離れて落ち着きを取り戻すようにする。ちなみに、こうした方法を自衛隊では「間合いを切る」と言う。

    温厚な人を想像する

     身近にいる温厚な人や好きな有名人、キャラクターを想像し、「こういう場面でも○○なら怒らないだろうな」と思うようにすると、怒りを抑止することができる。そうすることで怒りの感情を相対化し、意味のないことと感じるようになるからだ。とくに自分の“推し”の芸能人やキャラクターがいる場合には、その方法で怒りが相対化できるので試してみよう。

    「〇〇すべき」を見直す

    「男/女はこうあるべき」など、「○○べき」という価値観へのこだわりが強い人ほど怒りやすい傾向にある。しかし、そうした主張は個々人による思い込みにすぎないことが多い。怒りっぽいという自覚のある人は、自分のこだわりについて、それが必要なものか否かを見直してみる、というのも、怒りの感情をコントロールするうえで必要となるだろう。

    災害時のメンタルのアフターケアは?

    ・計画的に休憩をとるようにする
    ・同じ経験をした人と話す
    ・日記など記録をつけて頭を整理
    ・好きなことをする時間を設ける
    ・睡眠時間を管理する
    ・運動をして気分転換する など

    【満井美奈子3等陸佐】
    自衛隊中央病院のメンタルサポートセンター長。災害派遣活動を行う隊員に向けてメンタルケアを教えたり、精神的な不調を抱えた隊員の復職支援などを行う

    【下園壮太】
    陸上自衛隊初の心理幹部。多くの自衛官のカウンセリングを実施後2015年に退官し、現在はメンタルレスキュー協会理事として活躍

    (2022年9月号)

    <文/魚本拓 イラスト/うぬまいちろう>

    災害・有事を生き残る自衛隊サバイバル術

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