当たり前のように平和だった日常が1日にして暗転したロシアによるウクライナ侵攻は、決して遠いよその国の出来事ではない。
自然災害と同じく、ある日突然襲ってくる可能性のある、理不尽な災厄から自分や家族を守るために、普通の市民ができることは何か。民間防衛に詳しい拓殖大学特任教授で、同大学防災教育研究センター長の濱口和久氏に、さまざまな有事における対処法を聞いてみた。
都心で核弾頭が爆発…想定される被害は
半径約150mエリア
放射線被害:全ての人が30日以内に死に至る放射線量
爆風被害:風圧により全ての建造物が倒壊
熱線被害:鉄は溶け、人は黒こげとなる
半径約1.1kmエリア
放射線被害:半数以上の人が60日以内に死に至る放射線量
爆風被害:コンクリートの建造物は、窓ガラスが吹き飛ばされる。木造建築は全て倒壊、自動車も吹き飛ばされる
熱線被害:木造建築は出火、人は火ぶくれのやけど
推定死亡者数:約8万3000人
推定負傷者数:約27万8500人
(発生から約60日以内の合計)
注:核弾頭の重量はTNT換算。TNT換算とは、爆薬の爆発などで放出されるエネルギーを等エネルギー量のトリニトロトルエン(TNT)の質量に換算する方法
日本は『有事』の取り組みで遅れ。専門家が指摘
危機管理や民間防衛に詳しく、著書も多い濱口氏によると、他国からの侵攻やテロから生命・財産の被害を最小限に食い止めるためには、「平時」から一般人による非軍事的な民間防衛の組織や備えが重要だという。
「有事の際には高速道路を航空機の滑走路に、地下鉄の駅を防空シェルターなどに転用できる社会インフラの整備や、国民保護を想定した避難訓練をするなど、『平時』から『有事』への態勢を整えている国は多いです。残念ながら日本は、『有事』の取り組みが遅れていると言わざるを得ません」
いざ有事になったら、まずは危機の状況を冷静に見極め、安全に行動するための正しい状況判断をする必要がある。そのためには、平時から危機管理対応力を身に付ける教育や、実践的な避難訓練などが必要だと濱口氏は強調する。
「これまで日本では、『水』や『空気』と同じく『安全』もタダだとみんなが思っていました。そうした意識を変えて、自分たちで相応の負担をしなければ安全を得られない時期に来ているのです」
では、それぞれの有事のシーンごとに、自らとるべき対処法を説明しよう。
もし他国軍が攻撃してきたら…身を守る対処法
ウクライナがロシアから攻撃されたように、日本も、他国軍から攻撃されないとは言い切れない。もし侵攻を受けたら、一般市民としてどのように身を守ればよいのだろう。
弾道ミサイルが飛んできた場合
弾道ミサイルがわが国に落下する可能性がある場合、「全国瞬時警報システム(Jアラート)」が発せられる。アラート発信から到達まではわずか数分しかない。警報が鳴ったら建物や地下に避難する。爆風などからの直接の被害を軽減する効果がより高い地下施設だとなお良い。
また避難できる建物がない場合は物陰に隠れるか地面に身を伏せる。自動車の運転中の場合は停車してエンジンを切り、車外に出て建物の中に避難する。
屋内では、爆風で割れる可能性のある窓から離れる。いずれの場合も姿勢を低くしてバッグで覆うなどして頭部を守り、衝撃波から守るため、目や耳は手や衣服などでふさぐ。
核兵器が使用された場合
核爆発は最初に熱線と衝撃波、その後、放射性物質が人々を襲う。それらから身を守るためには建物内や物陰に身を隠す。放射性物質は爆発後に降下してくるので、風下には避難しないようにする。
自宅にいる場合は窓や換気扇をテープなどで目張りする。姿勢を低くし、口や鼻などの呼吸器や皮膚を露出しないようマスクや衣服などで覆う。外から家の中に入ったときは、放射性物質が付着している衣服を脱いで大きめのポリ袋に入れてしっかりと口を縛り、せっけんなどで体を丁寧に洗って放射性物質を洗い流す。時間とともに放射線量は減少するが、しばらくは避難場所から動かないことだ。
化学兵器が使用された場合
もし化学兵器で攻撃された場合には、核同様、口や鼻を覆い、できるだけ皮膚を露出しないようにして屋内や風上に逃げる。建物内に避難したら衣服からコンタクトレンズまで、身に着けていた物には化学剤が付着している恐れがあるので、全てポリ袋に入れて処分する。
この際、化学剤は呼吸器からだけでなく肌からも吸収されるので、化学剤が付いた衣服が肌に触れないよう、はさみで切って体からはぎ取る。その後は体をしっかりと洗い、行政機関の指示などに従い医療機関へ。
空爆で近くの建物が破壊された場合
都市部で航空機による爆撃に遭った場合、高層ビルがそびえ立つ所は頭上からがれきやガラスが降ってくる可能性があるので至急安全な建物内に避難する。至近距離に着弾したときは、まずは体へのダメージを調べる。
そのときに止血や簡単な応急処置などができるよう、普段からファーストエイドキットを用意し練習しておくのも良い。もしがれきに埋もれてしまったら、音がするものをたたいたりホイッスルを吹いて救助隊に自分の位置を知らせる。
【濱口和久】
陸上自衛官、元首相秘書などを経て、現職のほか一般財団法人防災教育推進協会常務理事・事務局長を務める。著書に『リスク大国日本 国防/感染症/災害』(グッドブックス)などがある
(MAMOR2022年9月号)
<文/古里学>