陸上自衛隊の全部隊が参加する訓練「陸上自衛隊演習(陸演)」。今回の「陸演」は、有事が発生した際、敵の侵攻に先行して防衛態勢を確立するまでの「作戦準備」に焦点が当てられ、その作戦訓練は5つの区分に分けて行われた。
本記事では、2021年9月から11月にかけ並行して実施された各訓練のうち、「出動準備訓練」「機動展開等訓練」を紹介しよう。
出動準備訓練
全国のほぼ全ての駐屯地・分屯地で出動準備を実施
この訓練では、各部隊が出動に至るまでの総合的な準備を行った。部隊を動かすには、装備品や弾薬などの集積・積載から車両の点検まで、相応の準備が必要だ。全国各地の駐屯地で約10万人もの陸上自衛隊員が参加して実施された、出動準備訓練について紹介しよう。
出動準備訓練は、全国の陸上自衛隊駐屯地・分屯地のうち、ほぼ全ての約160カ所が参加して行われた。ほぼ全陸上自衛官が参加したといっても過言ではない、まさに「史上最大規模の訓練」だ。
まずは出動する部隊の人員、および携行品の準備をする。中でも隊員が使用する物品の準備、特に食糧、弾薬、燃料は必須だ。おのおのの部隊では、普段から全ての物品を保管しているわけではなく、各駐屯地の管理を任された駐屯地業務隊や、補給処から受け取る作業が必要だ。
綿密な計画のもと、確実に弾薬を提供
「特に弾薬や燃料は、大規模な出動で必要な分は、それぞれ補給処で受領する必要があります。1つの補給処では複数の部隊・駐屯地を受け持つため、一斉に取りに行くと補給に混乱を来すので、あらかじめ決められた順序に従って必要な弾薬・燃料を取りに行きます」
こう語るのは、出動準備訓練および機動展開等訓練の計画立案や、演習結果の検証などを担当した陸上幕僚監部運用支援・訓練部運用支援課の阪井邦丸2等陸佐。
「どの作業にどれくらい時間がかかるのかを事前に見積もり、演習後は、記録と照らし合わせて検証をしました」
神町駐屯地(山形県)の第20普通科連隊で、弾薬の運搬などに関わった本部管理中隊の相澤哲1等陸曹は、“陸演”での出動準備訓練を振り返り、「部隊が任務を遂行するためには、弾薬の携行は必要不可欠。作業の進行が部隊行動に大きく影響するので、気を使いました。訓練時のみならず、日ごろから有事を意識して問題意識を継続して持つことが大事だと感じました」と語った。
機動展開等訓練
3個師・旅団が同時に展開。九州へ向けて移動する
出動準備が整った部隊は、いざ作戦地域へと向かう。目的地は、西日本最大の自衛隊演習場、大分の日出生台演習場などの拠点だ。北海道、東北、そして四国から、3つの部隊が同時期に九州へ向かった「機動展開等訓練」の模様を紹介しよう。
3個の師・旅団が同時に移動・展開するという、陸自でも初めての訓練が今回の「機動展開等訓練」。実施したのは、旭川駐屯地(北海道)に本拠を置く第2師団、神町駐屯地(山形県)の第6師団、そして四国は善通寺駐屯地(香川県)が本拠の第14旅団。合計約1万2000人の隊員、約3900両にも及ぶ車両が参加した。
これらの部隊は「機動師団・機動旅団」と呼ばれ、高い機動力や警戒監視能力を備え、有事には真っ先に前線へと投入される部隊。今回の訓練対象としてふさわしい部隊といえるだろう。
また、実際に移動する部隊のほか、通過途中に燃料補給や給食、宿泊などの支援を行う各地の駐屯地や、出撃部隊の留守を預かる各部隊も参加している。
フェリー・貨物列車など、民間の輸送力も活用
3個の師・旅団は、陸路および海路、空路も使い、日出生台演習場をはじめとする九州の所定地域に展開。
陸自の車両は自走して行くだけではなく、JR貨物列車に96式装輪装甲車などを積載して鉄路を輸送、民間の航空便での軽装甲機動車輸送、海自の輸送艦『しもきた』には戦車を積み北海道の室蘭港から大分港までを、在日アメリカ軍の揚陸艇には16式機動戦闘車を積み、横浜から佐世保までを、それぞれ航路輸送した。
さらには民間のフェリー便、防衛省がチャーターしている民間貨客船『ナッチャンWorld』、『はくおう』もフル活用した。
「今回の訓練では同時期に約3900両の車両が日本を縦断しました。安全・確実、かつ交通渋滞を引き起こすことなく移動を完遂するために、システム通信を活用して各部隊の移動状況をこまめに把握し、進捗をチェックするとともに、海自やアメリカ軍の艦艇、フェリー、鉄道輸送など民間輸送力も活用し、ノウハウの蓄積に努めました」と、前出の阪井2佐は説明する。
民間企業として貨物列車での輸送に携わった日本貨物鉄道(JR貨物)の今永拓実さんは、「約半年前から輸送計画の打ち合わせを繰り返し、事前に装甲車をコンテナや貨車に積載しての確認なども行いました。さまざまな事項の確定までにハードルがいくつもありましたが、大規模な演習なので、輸送の遅れがないよう非常に気を使いました」と話してくれた。
突発的なトラブルも乗り越え戦略機動を果たした充実感
機動展開等訓練に参加し、輸送調整幹部として連隊長の補佐に当たった第6師団隷下・第22即応機動連隊本部の川井正樹1等陸尉は、次のように語った。
「当部隊は第6師団の先鋒として、陸路、海路、空路、さらにアメリカ軍による機動力をも活用し、作戦地域への機動展開を行う役割を担いました。移動経路の変更や注意事項を上級部隊に報告し、後続する部隊の安全のために役立つ情報提供を心掛けました。
自衛隊内はもちろん、民間の輸送機関とも事前調整を綿密に行った上で、準備を万端に整え、連隊の戦略機動の一端を担えたことに喜びと誇りを感じました」
9月下旬から始まり、作戦地域での展開後、各部隊が元の駐屯地に戻るまでの約2カ月間にわたって行われた機動展開等訓練は、移動の途上、経由地の駐屯地で車両の故障にも見舞われたが、そうしたトラブルの対処も訓練のうち。大きな遅れもなく、九州への機動展開を実施し、無事に目的を果たした。
「今回の訓練は、事前の綿密な準備により、かつてない規模で部隊を機動展開させたにもかかわらず、大きな遅延もなくほぼ予定どおりに進行しました。
一方で、多くの課題も明らかになっています。特に、今回再認識したのは、有事に多くの部隊が機動展開した際の、駐屯地業務隊への負担の大きさです。出動準備と機動展開における支援業務が重なった場合にはマンパワーの不足が起こります。
人手を増やすか、設備を充実させるか、もしくは今あるヒト・モノの調整で対応するのか、検討が必要でしょう」
阪井2佐は、このように述べ本訓練を総括した。
<文/臼井総理 撮影/SHUTO 写真提供/防衛省>
(MAMOR2022年3月号)