「幕僚って何だろう?」。そう考えたマモルは、自衛隊の統合幕僚長を支える幕僚のトップ・統合幕僚副長の鈴木康彦空将に登場いただき、そして、歴史における幕僚の働きについて理解のヒントを得ようと、これまで数々の武士や軍人を演じ、2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、鎌倉幕府で源頼朝の寵臣(ちょうしん)として権勢を振るった梶原景時(かじわらかげとき)を演じた歌舞伎役者・二代目中村獅童さんと、「幕僚談議」に花を咲かせてもらった。
【統合幕僚副長 鈴木康彦空将】
1965年生まれ。静岡県出身。88年に航空自衛隊入隊後、那覇基地司令や南西航空方面隊司令官などを歴任し2020年に統合幕僚副長に。機関の長である統合幕僚長とともに、自衛隊の運用に関して軍事的見地から防衛大臣の補佐を一元的に行っている
【歌舞伎役者・二代目中村獅童】
1972年生まれ。東京都出身。8歳で歌舞伎座にて初舞台を踏み、二代目中村獅童を襲名。歌舞伎のみならず、映画、テレビドラマなどで幅広く活躍。現在放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、梶原景時役で出演
好きな参謀、軍師にみる日本人の魂と腹の据え方
編集部:本日はよろしくお願いします。早速ですが、歴史上の参謀で印象に残る人物はいらっしゃいますか?
中村獅童(以下獅童):私は歌舞伎の演目である『勧進帳』(注)を思い出したのですが、なかでも安宅の関の関守である富樫左衛門(注)に引かれています。関所を通り抜けようとする弁慶(注)、源義経(注)一行に富樫はさまざまな問答を仕掛け、それに弁慶は臨機応変に対応して切り抜けていく。その弁慶の主人である義経を思う心、熱意に打たれた富樫は、正体を知りながらあえて弁慶たちを通してしまいます。自分でも演じてみて感じたのですが、このあと富樫は死ぬ覚悟だと思うんですね。
『忠臣蔵』もそうですが、他人のために腹を切るというのは外国人には理解できない。これは武士道精神というか、イエス・ノーだけが全てではない日本人特有の感情で、常日ごろから覚悟が決まっているからこそできることだと思います。こうした日本人固有の魂といったものは歌舞伎の中に色濃く残っているし、自衛官にもそうした感情があるのではないでしょうか。
鈴木康彦空将(以下鈴木):そうですね。私たちの任務においても指揮官の判断ミスで部下がけがをしたり、最悪の場合は命を落とすことも考えられます。そのため何をするにしても覚悟が必要ですし、腹を据えて決断を下します。
編集部:鈴木副長のお好きな歴史上の参謀、軍師は誰ですか。
鈴木:諸葛孔明や黒田官兵衛、竹中半兵衛など歴史上に好きな参謀はいろいろいますが、いちばんには旧日本陸軍の堀栄三少佐を挙げます。大本営参謀だった堀少佐は、戦時中にその優れた情報収集力と分析力でアメリカ軍の作戦をことごとく予測して、「マッカーサーの参謀」と呼ばれました。その功績は戦後に外国の専門家の間でも高く評価されています。
私は20年くらい前に彼の著書である『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』(文春文庫)を読んで、参謀とはこうあるべきだなと強く印象付けられました。私は求められる幕僚の姿として、未知のことに対応できる柔軟性、あくなき探求心と高い情報収集能力、いつも冷静に判断できる状況判断力が必要だと思っていますが、先ほど獅童さんが挙げられた『勧進帳』の弁慶には、この3つが備わっているのではないでしょうか。
獅童:そうですね。弁慶がうまく状況を判断して、その対応が優れていたから富樫も心を動かされたのでしょうね。
※本文中(注)の付いた用語解説
【勧進帳】(かんじんちょう)
歌舞伎の人気演目の1つ。源義経一行が変装して東北へ逃げようとするが、関守の富樫左衛門に疑われてしまう。必死に義経を逃がそうとする武蔵坊弁慶の忠義心に心打たれ、富樫は通過を許可する。
【弁慶、富樫、義経】(べんけい、とがし、よしつね)
歌舞伎の演目『勧進帳』の登場人物。武蔵坊弁慶は、源義経の一番の家来。富樫左衛門は、加賀国の豪族・関守。源義経は、源氏の英雄だったが、兄・頼朝に謀反を疑われ追われている。
良き伝統を守りながら新しいことを行う大切さ
鈴木:獅童さんはこれまで『男たちの大和/YAMATO』(2005年・東映)など数多くの映像作品で日本兵の役を演じられていて、いつも制服が似合う方だなと感心していました。何か演じる上で気を付けられていることなどありますか。
獅童:歌舞伎は400年も前から続く伝統芸能ですが、日本兵が出てくる時代は遠いようで実は近い過去の物語です。なのに現代に生きるわれわれとたたずまいや心構えがまるで違う。そういった人間を演じる際、役を構築する上で、やはりその時代背景や演じる人物の交友関係などを学ぶようにしています。
世の中の仕組みや状況が変わっていっても、日本兵が持っていた古き良き日本人としての精神、伝統などを学び、その伝統を守りながら、その上で新しいものをつくっていくということは、日本を守る自衛隊も同じなのではないでしょうか。
鈴木:獅童さんのおっしゃる通りです。今われわれは宇宙、サイバー、電磁波など新しい領域への対処が迫られています。また、安全保障環境が目まぐるしく変化していくなど、世界の状況は常に流動的です。しかし、自衛隊の組織の本質、理念、自衛官としての心構え、仲間、家族そして国を守ることなどは昔と変わらない。本質の部分を維持しながら新しいことにどう取り組んでいくかを考えていかなければなりません。
獅童:私も歌舞伎の伝統にあぐらをかいているだけではダメだといつも思っています。バーチャル・アイドルの初音ミクさんと組んだ「超歌舞伎」(注)や、絵本を原作にした歌舞伎『あらしのよるに』(注)など、これまでの歌舞伎にない取り組みを行っています。これは子どもや若い人が歌舞伎を見るきっかけにしてくれて、さらに20年後、30年後にも歌舞伎を見続けてもらいたいと思いやっていることです。
歌舞伎は江戸時代から時代と切り結んできた庶民の娯楽であり、常に新しいことを取り入れる気風があります。もしデジタル技術が江戸時代にあったら、当時の人はきっと歌舞伎に取り入れていると思います。自分たちで新しい価値観をつくっていくことが大切なんですね。
鈴木:これからの日本の防衛に関していえば、いちばん大事なのが、日本人が自分の手で日本を守り次の世代に引き継いでいくという意志があるかどうかということです。その手段として自衛隊という組織があり、われわれもその中でできることをしっかりとやる。また新しい領域へ対応するためには日本1国だけでは難しく、やはり日米同盟をはじめとする価値観を共有する各国との協調、協力が必要になります。
こうした状況の中で私たちが使命を果たしていくためには、過去に固執しないで、時には新しい概念や事態へも柔軟に対応する「温故知新」の考え方が大切なのではないでしょうか。
※本文中(注)の付いた用語解説
【超歌舞伎】(ちょうかぶき)
日本が誇る伝統の歌舞伎と最新テクノロジーがコラボした全く新しい歌舞伎公演。歌舞伎役者の中村獅童とバーチャル・アイドルの初音ミクが共演し、注目を集めている。2016年から上演されている。
【歌舞伎『あらしのよるに』】
きむらゆういち原作のベストセラー絵本『あらしのよるに』(講談社)を、新作歌舞伎として上演した舞台のこと。2015年9月に京都・南座で初演を迎えた。
予測不能の未来に対してわれわれは何ができるか
獅童:過去を知るから未来がある、今の平和を知ることができると思っています。でもそれは当たり前ではない。自然災害や環境破壊やパンデミックなど、本当に現代は何が起きるか分からない時代です。そういったときにこそ自衛隊の力は必要だし、そのために自衛官の方々は日夜訓練を行っているのですから、自分たちも何ができるか考えないといけないなと思いますね。
鈴木:今のように未来が予測できない状況下で幕僚に求められるのは、いろいろなことに敏感になること、情報を取り入れること、そしてそれを整理して予見することです。そのためにはAIの導入なども視野に入れるべきですし、それに適応できる組織にならなければならないでしょう。
幕僚はそのためにいろいろなオプションを論理的に考え提示しなければなりません。例えばサイバー戦など実際に起きたらどのようになるのか、今のうちからしっかりと予測して計画を立てておくのが幕僚の務めです。
獅童:役者として私の生き方のテーマは、伝統を守りつつ革新を追求するということです。そこで自衛官として鈴木副長の、これから未来に向かっての革新とは何か、教えていただけますか。
鈴木:自衛隊は非常に大きい組織だからこそ意思決定の迅速さが常に問われています。これからは、これまで以上にスピード感をもって対処できる組織にしていくことが重要と考えています。
獅童:歌舞伎もネットやデジタルを取り入れることが求められていきますね。
鈴木:獅童さんが、これから演じてみたい役や人物は誰ですか。
獅童:これから50代を迎えるにあたって、その齢になって中村獅童ができる兵隊役、日本兵役は何か、模索しています。
鈴木:それではぜひ、堀少佐を演じて理想の幕僚の姿を私たちに見せてください。
<文/古里学 写真/荒井健>
(MAMOR2022年3月号)