•  男女雇用機会均等法が施行されて30余年たつが、まだまだ男性だけしかいない職場がある。「体力的に無理だから」、「伝統だから」など、女性を拒む理由はさまざまです。しかし、そんな理屈を飛び越えて、男性だらけのフィールドに、“やりたいから”と飛び込む女性たちが増えているようだ。

     圧倒的な男性社会といえる自衛隊で活躍する女性隊員を応援すべく、MAMOR編集部では、時代の最前線で闘う女性たちにスポットを当てることに。第2回は女性消防士のパイオニア・緑川郁(みどりかわ いく)さんに話を聞いた。

    助けを求めている人の元に最初に駆け付けるのは救命士

    現在は消防司令の緑川郁さん「人の命を救いたい。やりたいから選んだ仕事です」

     穏やかな語り口と笑顔で周囲をほんわかとした空気にさせる彼女が、女性消防士のパイオニアと聞いて驚いた。制服を着用していなければ、誰も想像がつかないだろう。

     横浜市消防局に勤務する緑川郁さん。課長補佐兼係長であり、階級は消防司令だ。消火活動、救助活動など部隊行動をとる必要のある消防職員には、自衛隊と同じく指揮統率をする上で必要となる階級(消防総監を最高位に10階級)がある。

     現在は11人の男性を率い、横浜市内20の消防団と所属する8300人の消防団員(特別職の公務員。訓練、出場した際は報酬が発生)のために、必要とされるさまざまな任務をこなす。

     もともと彼女はモーグル選手としてオリンピックを目指していたのだが、1998年の長野冬季オリンピックで代表を逃す。

    「引退を決め、これからどうしようか考えました。山が好きなので、大学1年生のときから、山岳やアウトドア関連の雑誌社でアルバイトをしていたんです。大学卒業後もモーグルと両立で続ける中で、何度も山での救助現場に居合わせたことがあり、要救護者に最初に接するのは医師でも看護師でもなく救命士なのだと。

    “人の命を救う仕事がしたい”という思いの延長線上に消防士があり、23歳で横浜市消防職員の試験を受けました」

     消防士の職種は、消防隊(火災対応)、救助隊(=レスキュー隊・人命救助)、救急隊(救急車での救命対応)の3つに大別される。試験に合格し、彼女が希望した配属先はもちろん救助隊。

    「それを伝えたところ、男性面接官の方に“えっ?”とびっくりされて。その当時、女性が配属されるのは救急隊だけだったんです」

     人の命を救うのは救急隊でもかなえられると気付き、気持ちを切り替えた。結果、24歳で、署としては初めての女性隊員として横浜市保土ケ谷消防署救急隊に配属された。ちなみに現在は男女の区別なく、全ての職種を目指すことが可能になっている。

    「私自身はあまり抵抗がなかったのですが、逆に男性隊員のほうが気を使っていたかなと思います。でも現場となると話は別で、初当直の夜のこと。バイクと車の事故現場に出動したところ、いきなり先輩に“脚を持ってこい!”と言われたんです。バイクを運転していた男性の、切断された両脚でした。あの重量感は忘れることができません」

    女性消防士の存在が“当たり前”になってほしい

    画像: 保土ケ谷消防署救急隊に所属していたころ。元アスリートは体力面での心配は無用だったそう 写真提供/本人

    保土ケ谷消防署救急隊に所属していたころ。元アスリートは体力面での心配は無用だったそう 写真提供/本人

     実にさまざまな経験をしつつ、26歳で救急救命士の国家資格を取得し、消防司令補、消防司令の昇任試験を受け、キャリアを積み重ねての今なのだ。

     横浜市消防局の女性比率は3.9パーセント(2020年4月現在)。女性雇用者率の拡大を図っている最中だ。

    「まだまだ男性の職場というイメージが強いのでしょうか。救急隊員として駆け付けたときに要救護者が女性の場合は、処置する側が女性だと安心されることも多いです。女性だからこそできることはあっても“女性だからできない”とは言ってほしくないなあと思います。女性消防士の存在が特別なことではなく、当たり前になるといいですね」

     約20年かけて職域を広げてきた緑川さん。好きなスキーと登山を続け、さらに春や夏はカヌー、料理教室に英会話教室と、趣味の幅も広げ、どこまでも前向きだ。今後も女性消防士のロールモデルとして活躍していくに違いない。

    【緑川郁さん】
    東京都出身。スキーのモーグル選手として活躍後、23歳で消防士採用試験に合格。翌年、横浜市保土ケ谷消防署救急隊配属(消防士)。2018年より横浜市消防局課長補佐兼総務部消防団課消防団係 消防団係長(消防司令)

    (MAMOR2021年3月号)

    <文/富田純子 撮影/林紘輝>

    時代の最前線で闘う女性たち

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