防衛省は自衛官としての任期を終えて民間会社などに就職する人材を「自衛隊新卒」と呼んでいます。自衛隊新卒は、在隊時に身に付けたスキルで即戦力として活躍できるといわれています。では自衛官はいったいどのようなスキルを身に付けているのか?飲食業界で活躍する元自衛官に話を聞いてみました。
物怖じしない精神力と相手を思いやる話術が強み
【洋菓子店企画 三好雄介】
1984年愛媛県生まれ。2006年に入隊後、第35普通科連隊本部管理中隊に所属し愛知県の守山駐屯地で勤務。14年から広報官として愛媛地方協力本部で勤務し、20年に1等陸曹で退職後、スイーツの商品開発や店舗運営などを行うマテリア株式会社に入社。店長や企画営業などを担当
「広報官として6年。いつ誰に対しても誠意を持って接し、信頼を得ることを心掛けていました。そのときの話術が、現在の企画営業職で生きています。初対面の方への声掛けが日常でしたので、店舗での呼び込みや商品の宣伝など、営業活動に抵抗がありません。物怖じせず営業し、拒否されても気にしない打たれ強さも強み。先方の反応を分析し、その都度、違った言葉で自社をアピールできる臨機応変さも身に付いています」
自衛官時代に「1つ上の階級の仕事を意識しなさい」と言われたと話す三好さん。今の仕事でも同じことを感じている。「店員なら店長の立場、店長なら経営者の立場で考える。上司が自分をどう動かしたいのか、視点を変えることで適切な判断力が養われるのも自衛隊で得たスキルですね」。
最後まで目標に向かって進む計画力や強い気持ちが生きる
【飲食店店主 小嶋桂司】
1986年青森県生まれ。2009年に入隊後、第1空挺団に所属し千葉県の習志野駐屯地で勤務。空挺隊員の降下をサポートする降下誘導の任務についていた。14年に陸士長で退職後、飲食店勤務などを経て、21年4月、東京・神楽坂に青森の地方創成をコンセプトにした「Aotaimatsu(アオタイマツ)」をオープン
「私が所属していた第1空挺団に『最後の1人になっても任務にまい進する』という訓示がありました。計画を立ててやり遂げること、目標のため臨機応変に対応する精神は今の飲食店の仕事にも生きています」と話す小嶋さん。店舗で接客をする上でも自衛官時代のスキルが生きているという。
「周りの状況を確認して目を配ることですね。お客さんのグラスが空になっていないか、料理を提供するタイミングは適切かなど、よく観察していると思います。スタッフの連携も同じです。相手が何をしたいのかを見る習慣が自衛隊で付いていたので、スムーズな意思疎通ができます。あとは体力でしょうか。現役時代に比べれば落ちていますが、長時間立って勤務することが多いので、体力面でも自衛隊で鍛えていてよかったと思いますね」
自然と戦いながら計画を見つめ直して、即実行します
【農園ぷてぃ・べるじぇ経営 中村 忍】
1977年福岡県生まれ。2000年防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。女性自衛官教育隊やシステム防護隊などで勤務。10年に1等陸尉で退職後、ブドウ栽培を中心とした農園「ぷてぃ・べるじぇ」を長野県に開園。人にも環境にも優しい農業を目指す。予備自衛官としても活動中
「農園では繁忙期に7、8人のスタッフを雇い作業方法を教えます。教育隊で教官経験があるので、人前で話す緊張感もなく、分かりやすく伝える話し方も自衛隊時代に磨かれたのかなと思います。あとはスコップの使い方や止血法などは今も役立ちます」と話す中村さん。農園経営は自然との戦いでもあり、天候などで予定が変わることも多いそうだ。
「作業計画を作っても、必ずその通り進むとは限りません。そんなときも慌てずに別のプランを立てたり、時間を効率よく使える作業方法を考えるなど、計画力や実行力は職が変わっても活用できるスキルです。それに自分たちが作ったブドウを『おいしい』と言ってもらえること。人のために何かしたいという思いも自衛官時代と変わらずに持ち続けていますね」
(MAMOR2021年10月号)
<取材・文/MAMOR編集部>