•  有事の際に陸上や洋上、航空機内などで銃撃や爆発などで隊員が負傷したといった特殊な条件下で、医師に代わり緊急救命行為を行う第一線救護衛生員。

     ここでは、第一線救護衛生員を目指す学生の教育課程を紹介しよう。学生は自衛隊横須賀病院教育部で衛生員としての基本を学び、准看護師と救急救命士の資格取得を目指す。そして第一線救護衛生員の教育を受け、合格を目指す長い道のりだ。

    海士・海曹衛生課程:「衛生」の基本を学ぶ衛生課程教育

    Lecture:看護に関するあらゆる“基本”を教室で学ぶ

    画像: 看護や衛生学などの基本を学ぶだけでなく、国語や英語などの一般教養も学習し知識を底上げする(写真提供/防衛省)

    看護や衛生学などの基本を学ぶだけでなく、国語や英語などの一般教養も学習し知識を底上げする(写真提供/防衛省)

     衛生の基礎を学ぶ海士・海曹衛生課程では、まず人体の仕組みと働きや疾病の成り立ち、看護に関する法律や患者の心理など、衛生員として必要な基礎知識などの講義を受ける。

     その後の専門教育でも、看護概論、基礎看護技術、解剖生理、関係法規などの衛生学の基礎から始まり、老年看護や母子看護など、より専門的な知識が求められる範囲へとカリキュラムが拡大していく。

    Training:病院での実習を通して医療技術を体得する

    画像: 自衛隊横須賀病院で行われる臨地実習では、手術の現場にも立ち会い、医療現場を学ぶ(写真提供/防衛省)

    自衛隊横須賀病院で行われる臨地実習では、手術の現場にも立ち会い、医療現場を学ぶ(写真提供/防衛省)

     海士・海曹衛生課程では年間を通して座学や学内演習を繰り返すが、海士課程では約210時間、海曹課程では約980時間かけて、自衛隊横須賀病院で臨地実習を行う。現場で実際にどのような医療行為や看護が行われているのか、座学で得た知識を実習を通して体得するのである。

     これらの教務、訓練をこなして、学生は2月中旬に行われる課程教育の目標である准看護師資格試験の合格を目指す。

    救急救命士課程:即時の判断力と応急処置の技術力を磨く教育

    Lecture:より現場感覚に近い実践的な座学で医療知識を底上げする

    画像: 心肺停止の患者(人形)に心臓マッサージを施す学生。救急救命士役の3人は現場に駆け付けた後、どのような処置をすべきか、即時の状況判断を求められる

    心肺停止の患者(人形)に心臓マッサージを施す学生。救急救命士役の3人は現場に駆け付けた後、どのような処置をすべきか、即時の状況判断を求められる

     次のステップである救急救命士の国家資格を取る救急救命士課程では約405時間の座学を受け、意識障害や心肺停止など、救急救命行為が必要になる症状の特徴などを学習する。そして教育課程の最後に、これまでの体験を生かす発表の場が設けられる。

    画像: 教育部長以下、医官や教官が一堂に会して評価をする症例検討会。大勢の前で論理的な提言を発表することは、衛生員にとって大切な訓練だ

    教育部長以下、医官や教官が一堂に会して評価をする症例検討会。大勢の前で論理的な提言を発表することは、衛生員にとって大切な訓練だ

     座学の最終過程ともいえる症例検討会は、医官や学生の前でこれまでの経験を部隊にどう還元できるかを発表する場だ。

     学生は症例や状況、救急隊の所見、処置、そこから導き出される提言を発表する。洋上にいることが多い衛生員に必要な、艦艇内で発生した事態を指揮官や離れた場所にいる医官に正しく論理的に報告するために欠かせないプレゼンテーション力が判定される。

    防衛医科大学校の関根康雅教官は症例検討会の特別講師。「海自の学生は部隊経験も豊富なので心構えが違います」と評価する

    Training:渡されたシナリオを基に救急救命処置を再現する

    画像: 救急救命の実習では、実際に救急車を使って狭い車内での患者の扱いや応急処置などを学ぶ。1分1秒を争う救命の難しさなどを体験する貴重な実習だ(写真提供/防衛省)

    救急救命の実習では、実際に救急車を使って狭い車内での患者の扱いや応急処置などを学ぶ。1分1秒を争う救命の難しさなどを体験する貴重な実習だ(写真提供/防衛省)

     救急救命士課程最後の実習が「総合プロトコール訓練」だ。これは学生3人が救急救命士チームとなり、艦艇や基地を想定した事故現場で救命処置のシミュレーションを行う。

    画像: 遠方にいる医官に患者の状況を報告する。その後、指示を受け輸液投与を行う真剣な表情。総合プロトコール訓練では傷病者役も学生が交代で務め、シナリオに合わせた症状を再現する

    遠方にいる医官に患者の状況を報告する。その後、指示を受け輸液投与を行う真剣な表情。総合プロトコール訓練では傷病者役も学生が交代で務め、シナリオに合わせた症状を再現する

     高所から転落した、食事中に意識不明になったなどのシナリオは、直前に学生に渡される。学生は患者へ応急手当を施し、ほかの隊員に指示。離れた地点にいる医官へ連絡し、観察所見の報告と処置の許可を得なければならない。限られた時間の中、問題解決能力が問われる。教官や医官からは処置について多方面からチェックが入る。

    総合プロトコール訓練について「誤った対応にならぬよう、患者を見て情報を得ることが大切です」と語る教官の沖田翔3等海曹

    「教科書的な手順をしがちですが、現場ではその通りできるとは限りません。適切な処置や指示が出せるかが重要です」と医官の西村直人1等海尉は話す。

    総合プロトコール訓練の講評では厳しく行動の「根拠」を問うという西村1尉。その理由として「医療行為は全て意味があります。1滴の血もむだにしてはいけません」と語る

    第一線救護衛生員教育:総合的な力を身に付け臨む、衛生員としての最終関門

    Lecture:極限の実習訓練のために「手順」をたたき込む座学

    画像: 第一線救護衛生員の実習訓練。机で周りを囲い、護衛艦を模した狭い空間を作っている。実習はアシスタント役の隊員と2人体制で行われた。学生は処置法を口に出しながら、迅速かつ適切な処置を行う

    第一線救護衛生員の実習訓練。机で周りを囲い、護衛艦を模した狭い空間を作っている。実習はアシスタント役の隊員と2人体制で行われた。学生は処置法を口に出しながら、迅速かつ適切な処置を行う

     最終段階である第一線救護衛生員の教育は約7週間。最初の2週間は座学で、修了後に試験を受け、実習へと進む。

    「確実な手技の取得はもちろん、教官には教え子の無事の帰還を願う気持ちが強いので、厳しい指導になります」と菅野1尉

    「第一線救護衛生員が活躍するのは戦時です。訓練をはるかに超える状況が待ち受けます。理不尽な環境下で正しい判断と迅速な医療手技を施し、自分自身も生きて帰ることが基本です」と説明する教務課長の菅野徹1等海尉。

    画像: 第一線救護衛生員課程の座学は、これまでの教育以上に実践的だ。処置を誤ると命に関わるため、指導にも力が入る(写真提供/防衛省)

    第一線救護衛生員課程の座学は、これまでの教育以上に実践的だ。処置を誤ると命に関わるため、指導にも力が入る(写真提供/防衛省)

    画像: ヘリコプター内での実習。騒音と振動があるため患者との意思疎通が難しい。容体を見極める判断力が求められる(写真提供/防衛省)

    ヘリコプター内での実習。騒音と振動があるため患者との意思疎通が難しい。容体を見極める判断力が求められる(写真提供/防衛省)

     学生は座学で外傷救護の医学的素養を習得し、実技で患者の容体と処置を示した「緊急救命行為実施要領」を学ぶ。

     例えば「気道を確保し口腔内を確認。すすが付いているため気道熱傷を疑う。鼻腔内を確認し鼻毛が焼けているため熱傷の可能性あり。気道の閉塞に注意」と、手順を口にしながら処置方法を学ぶのだ。

    Training:厳しい指導を受けながら最善の処置を実習で学ぶ

    訓練用の人形に胸腔穿刺を行う学生。有時の現場では揺れる艦艇の中でも内臓を傷つけないように針を挿せなければならない。極度の緊張の中で慎重さと精度が求められる瞬間だ

     実習室には訓練用の人形が置かれている。右足が膝下から欠損し、呼吸による胸の微妙な動きや出血も再現できるリアルな人形だ。この日の実習は、艦艇がミサイル攻撃を受けて負傷者が出た想定で、学生たちは順番に救命行為に当たる。

    画像: 有事はいつ発生するか分からない。夜間での緊急救命行為を想定し、決して明るいとはいえないヘッドライトのみを頼りにした実習も行う(写真提供/防衛省)

    有事はいつ発生するか分からない。夜間での緊急救命行為を想定し、決して明るいとはいえないヘッドライトのみを頼りにした実習も行う(写真提供/防衛省)

     学生は手順を声に出して処置を行うが、「早く血を止めろ!」、「その処置の根拠は何だ!」、「本当に針を挿していいんだな!?」と、教官が大声で容赦ない指導を繰り返す。学生は頭の中が真っ白になったのか、途中で手が止まる場面も見られた。

    海自での教育開始に先立ち陸上自衛隊衛生学校で第一線救護衛生員教育を受けた教官の立花1曹。任務の重要性を知る1人だ

    「第一線の現場では思考と行動は止められません。1分1秒の遅れが死に直結するだけに実技訓練中は激しく叱責し、精神的に追い込みます」と教官の立花洋介1等海曹は厳しい指導の理由を話す。

    救急医学概論などを担当する教官の田中聡海曹長。「衛生員に必要なのは、正しい観察力と適切な判断能力」と話す

    学生の飯岡雅人2等海曹は「本番は失敗が許されません。実習で手順を口に出して処置した際のミスは、絶対に克服したい」と話す

    「実習は緊張しました」と語る学生の奥平寛才3等海曹。第一線救護衛生員認定後「部隊で自身の知識を共有したい」と語った

     教育部での屋内実習の後は屋外、航空機内、艦艇内とあらゆる状況で実習を繰り返す。最後に緊急救命行為の実技試験を受け、合格者を第一線救護衛生員として認定。こうして国を守る海の最前線に頼もしい衛生員がまた1人誕生するのだ。

    (MAMOR2021年8月号)

    <文/古里学 写真/村上由美>

    第一線救護衛生員の育て方

    This article is a sponsored article by
    ''.