•  海に囲まれた日本が他国からの侵略を阻止するために必要不可欠となるのが海上自衛隊の掃海部隊だ。海の爆弾である機雷を、海中や洋上から除去する掃海。また、逆に敵の侵入を防ぐ機雷を敷設するのも掃海部隊の任務である。

     国連に加盟している大国が、世界の 安全保障環境に対し、力による一方的な現状変更を行おうとしている今日。わが国にとって掃海任務の重要性はますます増すばかり。掃海部隊は、いかに危機に備えているのだろうか?

     その一端を知るべく、年に1度、全国の掃海部隊が集結して陸奥湾で実施している大規模訓練を取材した。

    伝統を繋ぎ、技量を上げる、陸奥湾機雷戦訓練とは?

     毎年7月に青森県の陸奥湾で大規模に行われる機雷戦訓練とはどのような訓練なのだろうか。全国各地から掃海部隊が集まり、アメリカ海軍も参加して、海の爆発物、機雷を除去する訓練の内容やその重要性について解説する。

    掃海技術は訓練の積み重ね 技術を高めて日本を守る

     陸奥湾機雷戦訓練は基礎訓練。2022年で41回目となる伝統を持つ。7月の陸奥湾の海面は穏やかなので、基礎訓練を行うには最高の環境といえる。新米掃海艇長にとってはデビュー戦でもある。掃海隊員はこの恵まれた環境でしっかりと掃海技術と自信を身に付け、全国の部隊へと戻っていく。

     掃海部隊は、陸奥湾以外には、11月に日向灘(宮崎県)、2月には伊勢湾(愛知県・三重県)で訓練をしている。それぞれの訓練の違いは、日向灘は、年に1度の各部隊の腕試しである「戦技」を行う場であり、全国の部隊は技量を向上させ、誇りをかけて競い合う。2月の伊勢湾は、研究開発のための「戦術訓練」で、掃海、掃討の各種戦術を試す場となる。特筆すべきは6月に行われる硫黄島(東京都)での実機雷処分訓練だ。

     訓練で実機雷を使用するのは世界を見渡しても日本だけ。1972年から開始され、今年で49回目という長い歴史があり、掃海能力の向上に直結している。掃海隊員にとっては貴重な経験となり、かつてペルシャ湾派遣の指揮官も硫黄島での実機雷の経験は大きかったと語るほどだ。機雷の実際の威力、爆発して高く上がる水柱を見て、掃海隊員は自らの任務の重さを、身をもって知る機会となる。
     
     どの訓練も毎年かかさず、継続して行うことが大事だ。訓練ができなければ、技術の維持ができなくなり、それは日本を守れなくなることを意味する。

    場所や任務により掃海艦艇の種類は異なる

     海上自衛隊が運用する掃海部隊の艦艇は大きく3種類に分けられる。機雷をまくことができる敷設能力と母艦機能を持つ「掃海母艦」、深々度での機雷除去能力を持つ「掃海艦」、沿岸部での機雷排除能力を持つ「掃海艇」だ。
     
     機雷には鋼鉄の船体から発生する磁気に反応し爆発を起こすタイプもあるため、これらの掃海艦艇は木造が主流だったが、近年ではFRP(繊維強化プラスチック)が船体構造に使用されている。

    掃海へリから海上に降下して機雷を処分する「ヘローキャスティング訓練」に密着!

    画像: MCH-101

    MCH-101

     陸奥湾機雷戦訓練では、さまざまな掃海訓練を行うが、まずはその中の1つである、掃海ヘリコプターを使って機雷を処分するヘローキャスティング訓練を紹介しよう。

     海に敷設された機雷をMCH-101という掃海ヘリで探索し、迅速に処分するのが任務だ。ヘリで航空掃海を行っているのは、世界で日本とアメリカだけなのだ。

    ヘローキャスティングはヘリとダイバーの連携プレー

    画像: 青森県にある陸奥湾の訓練海域でヘローキャスティング訓練を行う掃海ヘリMCH-101と、ヘリの風圧で体が左右に揺れながらも確かな腕力でロープをつかみ、海中へ降下するEOD員。背後には掃海母艦『ぶんご』の雄大な姿が見える

    青森県にある陸奥湾の訓練海域でヘローキャスティング訓練を行う掃海ヘリMCH-101と、ヘリの風圧で体が左右に揺れながらも確かな腕力でロープをつかみ、海中へ降下するEOD員。背後には掃海母艦『ぶんご』の雄大な姿が見える

     取材班は、青森県大湊基地の港に停泊する掃海艇『ちちじま』に乗り込み、港から約20キロメートル沖の訓練海域へ。『ちちじま』の上甲板からヘローキャスティング訓練を取材するのだ。風が強い中、訓練が始まった。

     へローキャスティングとは、ヘリから水中処分員(以下EOD員)が降下し、海面に浮かぶ機雷を処分すること。へロー(ヘリ)からキャスト(投げ込む)という意味だ。そもそもヘローキャスティングという手法がとられるのは、掃海艇が行くのには時間がかかる、大海原に浮かぶ機雷を発見したときなど。ヘリなら上空から広域を探索できるため、掃海艇より早く機雷へ到達し迅速な処分が可能になる。これが航空掃海のメリットだ。

     陸奥湾の訓練海域で掃海母艦『ぶんご』の姿が見えてきた。『ぶんご』で給油を終えたヘリは、後部飛行甲板よりゆっくりと発艦。海面を捜索し、訓練用機雷を発見。爆音を鳴らしながら海上20〜30メートルでホバリング(空中停止)し、EOD員を降下させる最適な位置を、慎重に確認しながら決定している。ヘリの操縦士は、EOD員の泳ぐ距離があまり遠くならないように注意する。しかし、機雷に近すぎるとダウンウオッシュ(ヘリの回転翼により吹き下ろされる風)で機雷の位置が動いてしまう可能性もあるため、ギリギリの最適な場所へ降下させる。

    ※『ぶんご』
    機雷をまく敷設能力を持つ掃海母艦。1998年に就役し、掃海隊の旗艦として司令部機能を有するとともに掃海艦艇や掃海ヘリの燃料や予備掃海具、爆雷などを支援する母艦機能を果たす。潜水病治療など優れた医療施設もある
    <SPEC>基準排水量:5700t/全幅:22.0m/全長:141m/速力:約41㎞/h/乗員約160人

    ロープにつかまり海中へ降下するEOD員

     しばらく経つとヘリからファストロープ(ヘリ降下用ロープ)がスルスルとおりてきた。そのあと、ウエットスーツ姿のEOD員が見え、降下をはじめた。すごい速さだ! EOD員は、あっという間に海へ降りると、ダウンウオッシュで白く波が立つ海面を泳ぎはじめた。そして数十メートル先に浮かぶ機雷に到達。海面で機雷に爆薬をセットする。緊迫感が走る……。

    機雷まで泳ぎ、爆薬をセットする

    画像: EOD員が機雷に爆薬をセットする。防水処理がされた導火線に点火したあと「何分以内に移動せよ」というリミットがある。EOD員が退避するために必要な時間を見積もって、導火線の長さを決める(〇〇秒必要だから導火線の長さを○メートルにしておこうなど) ※写真は取材時のものではありません

    EOD員が機雷に爆薬をセットする。防水処理がされた導火線に点火したあと「何分以内に移動せよ」というリミットがある。EOD員が退避するために必要な時間を見積もって、導火線の長さを決める(〇〇秒必要だから導火線の長さを○メートルにしておこうなど) ※写真は取材時のものではありません

     EOD員は機雷に爆薬をしかけ終わり、ヘリの下までいそいで泳ぎ戻る。細いホイストロープ(つり上げ用ロープ)が下げられている。EOD員がそれにつかまり、上がっていく。

     途中、ダウンウオッシュでEOD員の体が少し左右に揺れている。EOD員は無事にヘリに引き上げられた。爆破予定時間までに退避しなければいけない。ヘリは安全海域に移動。

    安全な場所へ退避したあと機雷を爆破

    画像: 掃海ヘリが安全圏に退避したのちに、機雷を爆破処分する。海面に浮遊、海中に係維、海底に沈底、と機雷の状態によって作業内容は変わる ※写真は取材時のものではありません

    掃海ヘリが安全圏に退避したのちに、機雷を爆破処分する。海面に浮遊、海中に係維、海底に沈底、と機雷の状態によって作業内容は変わる ※写真は取材時のものではありません

     しばらくして海面で「パン!」と音が鳴った。これは訓練用の模擬音で、爆破が無事に完了した「掃討成功」の音だ。きっと機内ではEOD員チーム、EOD員の降下・揚収を行ったクルーチーム、操縦士たちも、時間内に無事に完了できてホッとしていたことと思う。

     後日、関係者から聞いたことだが、ダウンウオッシュは台風並み、息ができないほどの強風だという。その中で泳ぐEOD員の泳力はすごいとしか言いようがない。

     掃海母艦『ぶんご』の乗員はヘリの安全な発着艦に気を配り、パイロットは安定した操縦をし、EOD員に心を配るヘリクルーがいて、身1つで機雷に向かうEOD員、このチームワークがあってこその任務達成だ。ビークル(乗り物)が違えど“機雷を安全に処分する”という目的に対し、艦艇、航空機、EOD員、部隊の連携プレーは見事だった。このような訓練を重ねて、日本を守ってくれていることを実感した。

    (MAMOR2022年11月号)

    <文/鈴木千春(株式会社ぷれす) 撮影/村上淳>

    今、日本の防衛に必要なのは機雷戦訓練だ!

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